第25話 忌まれた子(その二)

 切りたつ岩場の道を三人は歩いていた。

 月澄げっちょうを先導に、梓季しきびょうと続いている。

 山脈と界壁かいへきに挟まれた抜け道を通り、丹国に入ったのが数刻前。彼らはそのまま界壁沿いを東へ歩きつづけ、多素の中間あたりにまで来ていた。


「そろそろ地割れが見えてくるはずだ。そこまで行くと北上して木雀きじゃくへ向かう」

 このまま進んでいれば仙国との国境まですんなりと辿りつけるのだが、そうそう楽な話はないようだ。月澄の話だと丹国の大地には大きな地割れがいくつもあるらしく、それを避けて進まねばならぬとのことだった。

 特に界壁から真北へはしる地割れは幅広く底深く、一見すると峡谷と見まがうほどのものだという。多素で橋がかけれている場所は二か所あるというが、どちらも警備がいるために渡ることはできない。そのため途中で地割れの底まで下りて、そこから木雀へ向かうとのことだった。

 

 しばらく進むと、なるほど確かに、想像していたよりも大きな地割れが三人の行く手を阻んだ。

「うへぇ、凄いなぁ」

 四つん這いになって底を覗きこんだ描は舌を巻く。途中からはもう真っ暗でどこまで深いのかがわからない。幅もそこらを流れる川より広いために縄を持ってしても渡ることは無理そうだった。

「向こうが見えているだけに、もどかしいものがありますね」

 梓季は対岸を見ながら言った。道中、固里の街で地図を見た限りだと、ここを渡りさえすれば仙の国まで目と鼻の先なのである。迂回の道はまったくの無駄足とも言えた。

「言ってても始まらないだろう」

 足先を北へと変えて今度は地割れに沿って進むことになるのだが、月澄は木々の乱立する森の中に入ると歩を止めて座りこんだ。

「行かないんですか?」

 描は不思議そうな顔で聞いた。

「ここからは亥丹いたん(丹国軍の呼称)の兵も多い。夜まで待つことにする」


 時刻は昼ふたつ(午前十一時)を過ぎた頃であろうか。陽も中天に近づきつつあるなかで待機というのも気は引けるが、昨晩は夜通し歩いていたので描は素直に従った。

しゅうたんってほんとに仲が悪いですもんねぇ」

 木の端に座りながら描は言った。

「それもあるが、多素の者はとくに柊を恨んでいる。見つかれば難儀だ」

「戦のきっかけは丹が持つ資源であったと聞いていますが」

 梓季も近くの木に背をあずけて座った。


「地割れは柊にもいくつかある、丹ほど大きくはないがな。柊はその地割れの壁に鉱脈を発見して資源国となったが、それも枯渇しかけている」

「なるほど、それで同じような地割れのある丹国に目をつけたというわけですか」

「ばかげた話だ、丹は否定していた。たまたま柊の地割れにだけ鉱脈があったんだとな。しかし柊の王は信じずに戦をしかけた。おかげで多くの者が死んだ」

 顔の半分を布で隠しているため表情は伺えないが、過去を見ているであろうその目には暗い光が宿っている。


「ひどい話ですよねぇ」

 戦ときいて描はとつぜん攻めてきた梗猿こうえんのことを思いだしたが、梓季がいるので考えないようにした。ここに至るまでにいろいろ話をして、梓季が梗猿の軍師であることも知った。聞いた時は驚いたが不思議と怒りは沸いてこなかった。国で言えば梗は嫌いで憎い相手だが、人で言えば梓季は頼れる存在だった。そう考えた時、描の頭にひとつの疑問が浮かんできた。国を創るのは人で、人あっての国であるはずなのに、国と人とで好き嫌いが逆になるのはこれいかに。描は「う~ん」と唸りながら腕を組んで首を傾げていた。


 と、その時だった。

 梓季と月澄は同時に腰を浮かせると太刀に手をかけた。

 双方ともに鋭い眼光を周囲に走らせている。

「どうやら難儀なことになってしまったようですね」

 いつのまにか武具に身を固めた数人の者が三人を遠巻きに囲んでいた。

 ざっと見て六人。やれない人数ではないがどうするか。


「抵抗しようなどと考えるな」

 梓季が太刀を抜きかけたのを見てか、男の低い声が響いてきた。

 ちょうど正面にいる男だった。歳は梓季よりも上か、体躯のいい豪気あふれる武人であった。

「いまのところ命は取らん。黙って縄につくんだな」

 すんなりと両手をあげる月澄を見て、梓季は少しばかり驚いた。


「おい、あとひとりはどこだ」

 近づいてきた兵が言った。

「ひとりとは?」

「とぼけるな、三人いたと報告がはいっている」

 梓季が周りをみると、なんとそこに描の姿がなかった。

「さて、最初からふたりでしたが」

「ほう、しらをきる気か」

 武人は白刃を抜くと、梓季の喉元に切っ先を突きつけた。


「おい、おまえらの目的はおれだろう」

 月澄が割ってはいる。

 武人の目が憎悪の光に満ち満ちた。太刀柄を握る手は震え、今にも斬りかかりそうな雰囲気であったが、己が心に言い聞かせるかのように大きく息を吸うと太刀を鞘におさめた。

「まあいい。すべては姫さまが裁いてくださる」

 配下の者によって縄で縛られた梓季と月澄は、武人の先導のもと森の奥へと歩かされて行った。


(ま、まずいぞこれは……)

 その様子をずっと見ていた描は頭をかかえた。

 場所は動いていない。

 最初に座ったところに、描はずっといたのである。

 兵の姿が見えたとき、咄嗟に氣札きふだを握って念じたのだ。

 自分は木であると。木であってくれと。

 物質的な物でも効果があるのか不明だったが、無事に仙氣は発動してくれたようだった。

 ふたりは気づいていたのだろうか。

 わからないし、聞くこともできない。

(ああ……どうしよう、どうしよう)

 混乱が止まず、描はひとりで慌てふためいていた。

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