第24話 忌まれた子

兄様あにさま……また、戦に行かれるのですか』

 底知れぬ寂しさは少女の胸を締めあげた。

 歳の頃は十三、四。その美貌はまだ大人になりきれておらず、すべるような白い頬にはあどけなさが残っている。鮮やかな着物を羽織り、裾を床に擦らせながら武具に身を包んだ男に歩みよっていた。 


多素たそを守らないとな。おれにはその義務がある』

 明るい口調で男はかえした。二十歳を過ぎたくらいの青年であったが、芯のある頑なな意志をくゆらせた様はまさに武人のそれだった。

『心配するな。柊犬しゅうけんにも疲労が見えはじめている、おそらくは最後の悪あがきだ。ここさえ乘りきれば、しばらくは安泰になる』

 男は柔和に笑むと、ぽんぽんと少女の頭を叩いた。

『行ってくる。留守は頼んだぞ』

 庭木の花が風に舞う。

 次第に小さくなっていく男の背中に反し、少女の不安は大きくなっていった。

『兄様、待ってください……兄様!』


 兄を掴もうとした小さな手は、何もない暗がりの虚空を掴んでいた。

 目に映るは杉板の天井。

 背中に掻いた汗が寝具を湿らせていた。

凍葉いてはさま」

 襖の向こうで男の低い声が響いた。

 女――凍葉は体を起こすと、厳しい目つきで声のする方を見やった。もはや少女のような可憐さはなく、雪原に咲く花のように凍えしくありながらも艶やかな魅力をまとわせていた。

「何ごとですか」

 冷えた声で凍葉は聞く。

 時刻は朝ふたつ(午前五時)頃であろうか、部屋にただよう大気は青味をふくんでいる。

固里こりより抜け道を使い、多素にはいった者たちがいるとの報せが」

「それがどうしたと? 珍しいことでもないでしょう」


 固里と多素の国境には蛇骨山びこつやまと呼ばれる山脈があるのだが、その山脈と界壁かいへきとがぶつかるところに僅かばかりの隙間がある。その存在はあまり知られておらず、そもそも道とは呼べるものではなく馬も通れないために常人が行き来することはないが、時おり関所破りに使われるため丹国は警戒して見張りを配していた。


「いえ、それが……」

 口ごもっている様子に凍葉は苛立ちを覚えた。

「なんですか、早く申しなさい」

「はっ。報告によれば、その中に葉清ようしんさまの仇が――」

 凍葉の冷ややかな双眸が大きく見開かれた。

「いたと……いうのですか」

 声は答えないことで暗に肯定を示していた。

「今は見張りが後をつけているようです。いかがいたしますか」

「すぐに捕えなさい、殺すことは許しません。必ず生け捕り、ここへ連れてくるのです」

「御意」

 襖の奥から気配が消えた。


「よもや向こうから来るとは」

 白く細い指を握りしめた凍葉は、強く唇を噛んだ。

 頭に浮かぶは兄、葉清の姿であった。

「己が身をもって裁かれるといい、烏野からや月澄げっちょう――」

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