おっぱいという偶像、すなわちアイドル

 あれから一年。果雨ちゃんは十七歳になった。


 高校二年。卒業後の進路について考え、自らの将来に想いを馳せる時期だ。

 衰退してゆく日本、若者にとって厳しい時代。果雨ちゃんが自分の将来に胸を膨らませているかは定かではないが、少なくとも彼女のおっぱいは確実に膨らんだ。そう、彼女のおっぱいは順調にEカップへ、準巨乳へと成長を遂げたのである。

 そしてもう一つ、彼女の身の回りには大きな変化があった。

 いよいよ彼氏ができたのか、と思われた読者もいるかもしれないが、残念ながら、あるいは幸いなことに、その予想は外れている。おそらく大方の想像の斜め上を行く変化だと思われる。


 なんと果雨ちゃんは、グラビアアイドルとしてデビューすることになったのである。


 きっかけは、とある雑誌のオーディションだった。本人が乗り気だったわけではないらしいのだが、友達にどうしてもとせがまれて一緒に参加したのだそうだ。しかし、一緒に参加した友達が一次審査で脱落した一方、果雨ちゃんの方は最終選考まで残り、なんと準グランプリという栄誉に輝いてしまった。

 あいくるしい童顔につぶらな瞳、清楚で明るく真面目な性格、そして何より健康的でグラマラスなボディが評価されてのことだったらしい。言われてみれば至極納得のいく選考結果ではあるのだが、そのオーディションに参加していることすら知らなかった俺は、いきなり準グランプリの話を聞かされて腰が抜けるほど驚いた。


 たしかに、今の果雨ちゃんの容姿とスタイルは一般的なグラビアアイドルと比べても遜色のないものだ。しかも、十七歳と若い彼女の肉体は、年齢的にまだまだ成長の余地を残している。

 だがそれでも、グラビアアイドルを取り巻く昨今の環境は厳しいものであると言わざるを得ない。


 理由としては様々な要因が挙げられる。例えば、一つは某多人数アイドルグループのグラビア進出であろう。雑誌を含めた本全体の売り上げが芳しくない現在、グラビアの枠となる雑誌の数も減少傾向にある。その限られた枠に、件のアイドルグループが大挙して押し寄せているのだ。単純に人海戦術と言い切れない部分もあるのだが、やはり彼女たちに活躍の場を奪われたグラビアアイドルは確実にいるだろう。

 それに加えて、今はAV業界にもグラビアアイドル並のルックスとスタイルを誇る女優はごまんといる。AVとグラビアを一緒くたにして語る気は毛頭ないが、グラビアも少なからず男の下半身への訴求力が必要になる以上、全く無関係というわけにもいくまい。最近では声優にもアイドル並の容姿を持ち、グラビアや写真集などアイドルと同じような活動をする者が少なくない。他にも、人気コスプレイヤーの進出など、競争相手の増加には歯止めがかからない状況にある。


 ここ数年で日本人女性全体のバストサイズが増大傾向にあること、そして整形、豊胸技術の進化によって、グラビアアイドルのレベルも昔よりはるかに上がっている。かわいくておっぱいが大きいだけではだめで、そこに何らかのプラスアルファが必要なのだ。そこで起こっているのが、写真集やDVDなどの内容の過激化である。


 先述したように、AV女優の容姿の底上げと一部のコスプレイヤーの同人活動などの影響で、グラビアもただ綺麗な体を見せるだけでは競争力を維持できなくなっている。今やグラビアアイドルでもおっぱいは揉まれて当たり前。肌の露出の増加、本番を連想させるような疑似行為など、年々AVとの差は縮まっていると言えるだろう。

 もちろん純粋に見る側でいる分には良い時代に違いないのだが、いざ送り出す側の立場に置かれてみると、非常に心配になる。有名グラビアアイドルも数人所属している大手の事務所でもあるし、まだ未成年の果雨ちゃんがいきなりそんな過激なことをさせられるわけがないと頭では理解していても、不安は拭えない。

 それに、事務所の大小を問わず、人気が出る前の若手芸能人は一律に薄給であるとも聞く。つい最近も若手人気女優がやめるやめないでスキャンダルになったばかりだ。果雨ちゃんの場合、幸いにして俺の家が都内にあり、家から仕事に通うことができるため生活費に困ることはないが、学業との両立というリスクを冒してまで仕事をする必要があるだろうか。


 果雨ちゃんからオーディションの結果を聞かされた時、俺はこれらの不安点を率直に彼女に伝えた。


 それでも彼女の決意は揺るがなかった。

 参加する前は乗り気ではなかったものの、オーディションを勝ち進んでいく過程で、見られることの楽しさに気付き始めたらしい。やはりああいう華やかな舞台は女の子にとって抗い難い魅力を放つものなのだろうか。それは今まで大人しく俺の言うことを聞いてきた果雨ちゃんの、初めての反抗でもあった。


 ダメだ、と言うだけの勇気は、俺にはなかった。


 俺が果雨ちゃんにしてやれるのは、おいしい食事を作ること、そしておっぱいを育ててやること。それだけなのだ。


 グラビアアイドルとしてのデビューを控えた果雨ちゃんにとって大きな武器となるであろうおっぱい。芸能界という厳しい世界に飛び込んでゆく彼女のおっぱいを更に強力な武器へとレベルアップさせるため、俺が次に目を付けた食材は『アボカド』である。

 『森のバター』とも呼ばれ植物性の不飽和脂肪酸を豊富に含むアボカドは、おっぱいの発育に欠かせない良質の脂肪を多く含有しながら太りにくいという性質を持っている。他にも、ホルモンバランスを整える効果を持つビタミンB6やビタミンEなど、バストアップには必要な栄養素をふんだんに持つミラクル食材、それがアボカドなのだ。


 そんなわけで、今日の夕食は豆腐のチーズグラタンに、蒸し鶏とキャベツとアボカドのサラダ、茄子の味噌炒めとなった。


「果雨ちゃ~ん、ご飯できたよ~」

「はぁ~い」


 果雨ちゃんはいつものように食卓にやってくる。立ち上がり、歩き、椅子に座る。Eカップになった彼女のおっぱいは、この何気ない一連の動作の中でも若干の揺れが観測できるようになった。


「「いただきます」」


 俺が今持てる全てを出し尽くして作った豆腐のチーズグラタンを、果雨ちゃんはスプーンで掬い上げ、口へ運ぶ。


「それ、初めて作ってみたんだけど、どうかな」


 彼女の口と喉がうねうねと動き、俺渾身の力作を飲みこんだ。


「えっ、これ、お豆腐?」

「そうだよ。豆腐のグラタンなんだ」

「へええ~! すごい、おいしい! それにヘルシーだし! これならいくらでも食べられそう!」


 果雨ちゃんはそう言って、すぐに次の一すくいを口に放り込む。


「ははは、チーズも使ってるから、いくらでもはよくないな。でも、喜んで貰えてよかった」


 幸せそうに料理を平らげる彼女の顔を見つめながら、俺は一抹の寂しさを感じていた。

 まだまだ学生だと思っていた果雨ちゃんが、ついに仕事を始めるという。同年代ではアルバイトをしてお金を稼いでいる子もたくさんいるだろう。しかし彼女が選んだ仕事は、より直接的に自分自身を商品にするグラビアアイドルだった。それは極めて特殊な仕事だ。アルバイトを貶すつもりは毛頭ないが、普通のアルバイトとはわけが違う。日々の生活が、一挙手一投足が、そのまま自らの商品価値として跳ね返ってくる職業。そう考えると、なんだか急に彼女が大人びて見え、遠い存在になったような気がしてきたのである。


 いつか彼女がこの家を出て行く時が来るかもしれない。そしてそれは、俺が思っていたよりずっと近い将来になるかもしれない。俺は一体いつまでこうして彼女に心のこもった手料理を振る舞ってやれるのだろうか。


 孤独なアラフォー童貞男の胸に秘めた想いなど気にも留めずに全ての食事をぺろりと平らげた果雨ちゃんは、小学生の頃からずっと飲み続けている牛乳のジョッキに手をかけた。

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