巨乳と呼べるのは何カップ?

 あれから一年。果雨ちゃんは十四歳、中学二年生に進級した。

 そしてバストはCカップに。俺独自の定義でも『ちっぱい』の域を脱し、めでたく立派な『おっぱい』となった。


 物干し場に吊るされているCカップのブラジャーを初めて目にしたときの俺の感動を、いったいどう表現すれば正確に伝えられるだろう。心の内では欣喜雀躍狂喜乱舞していたものの、すぐそばに果雨ちゃんがいたために、その喜びを体で表現することができないばかりか、表情に出すことすらも叶わない。

 今すぐにでも踊りだしたい気持ちなのに、それを必死で押し殺さなければならないことの苦しさたるや、まさに拷問であった。地獄の業火に焼かれてさえ、ここまでの責め苦を味わうものだろうか。俺は喉の奥底からこみ上げてくる歓喜の声をようやく噛み殺し、どうにか大きな深呼吸へと変えた。


 果雨ちゃんの学校生活は順調そのもので、取り立てて記すべきことは何もない。ということでここで話を終えてしまってもいいのであるが、せっかくなので成長期のおっぱいに関する雑談を少々。


 俺はこれまでたわわに成長したおっぱいにしか興味がなかったものだから、思春期のおっぱいの成長を促すにあたって、ブラジャーの問題等、自分なりにネットで色々と調べてみたのである。こういう事は普通母親が手ほどきすることなのだろうが、果雨ちゃんは母親を失ったし、姉妹もいない。だからもしかしたら俺が代わりに考えてやらなければならないのではないかと思ったのだ。実際にはそうはならなかったが。


 まあ、例えば生理用品周りについても相談なんてされたことないし、おっぱいやらブラジャーやらについても自分で調べるなり友達に相談するなりしたのだろう。よくよく考えてみたら当然のことである。もし俺に母親がいたとして、コンドームの使い方を母に尋ねたりするだろうか――いや、使ったことないけど。

 つまりは単なる興味本位でおっぱいの成長過程及びそれに合わせたブラジャーのことなどをググりまくっていた三十路童貞おじさんとなっていたわけで、これはもう変態との誹りを免れ得ないところであるが、今更そんなものを恐れる俺ではない。


 おっぱいの成長は初潮の時期と強く関連している。その萌芽は初潮の一年以上前から芽生え始めており、乳頭付近の盛り上がりなどに兆候を見ることができる。初潮を迎える頃にはその膨らみが横へ横へと広がっていき、それが次第に立体的な丸みを帯びることによって立派な『おっぱい』へと変貌していくわけである。成長途上にあるおっぱいにはその段階に合わせたブラジャーを着用することが求められるらしいのだが、それについて論じることは本稿の論旨から外れるので割愛させていただく。各自、女性用下着メーカーのwebサイトなどで調べられるがよろしい。


 ところで読者の皆様は、『巨乳』と言われて何カップ以上を思い浮かべるであろうか。

 『巨乳』の定義について論じる前に、まずその対義語である『貧乳』について俺の見解を述べることとしよう。


 巨乳大好きの俺でさえ、実はこの『貧乳』という言葉には抵抗を覚える。神聖なる『おっぱい』に対して『貧しい』というネガティヴな表現を用いることに対する生理的な違和感である。よって、ここでは以後『微乳』と呼ばせて頂く。


 この『微乳』の定義については、俺の見解もおそらく世間のマジョリティと同じであると考える。つまりは、おっぱいの大きさを端的に表現する尺度である『カップ』の最小サイズ、AAAとAAを含むAカップ。『包括的Aカップ』のことだ。Bカップまで微乳に含めて考える者は少数派なのではないだろうか。BカップとCカップは、世の中のおっぱい、とりわけ日本人のおっぱい全体における割合を見ても、普通のサイズ、いわば『普乳』と呼んで差支えなかろう。


 さて、問題はここからである。Dカップ以上のおっぱいは、それはもう立派なものであり、ひとかどのおっぱいだと言える。しかしそれが即ち『巨乳』であるかというと、それは否と言わざるを得ない。言葉の持つイメージの違いを明らかにするため、読者の皆様方には一度『長身』と『巨体』の人間を思い浮かべて見てほしい。


 いかがだろうか。同じく大きい人間のことを表現する言葉であるにも関わらず、この二つの言葉には明確なニュアンスの違いがある。両者の相違点として、体の横幅に関するイメージを挙げられる方も居られるかもしれない。『長身』には身長が高く尚且つやや痩身であるというイメージが付随する一方、『巨体』には筋骨隆々、或いは体脂肪率の高さといったイメージが付いて回りやすい。だが、いずれにせよ、『長身』と『巨体』という言葉によって連想されるものの最も大きな違いは『威圧感』ではなかろうか。


 俺は、『巨乳』の定義にも同じことが言えるのではないかと考えている。即ち、『おっぱいの持つ威圧感及び違和感』である。

 そうした観点に立った場合、Dカップのおっぱいは巨乳の範疇に含まれない。何故なら、Dカップ程度の大きさであれば、痩せ型の女性の胸についていても、全体のスタイルを乱さないからである。巨乳の定義とは、おっぱいの主張の強さだと言い換えてもいい。故に、Dカップは『豊乳』とは言えても『巨乳』ではないのだ。


 ではEカップはどうであろう。おそらく世間的にはEカップ以上が『巨乳』と捉えられているのではないかと思われる。

 しかし、俺はそれすらも手温いと感じる。些か矛盾したことを言うようではあるが、『カップ』というのはあくまで女性のおっぱいを収めるためのブラジャーの規格に過ぎず、そこに収納されるおっぱいの大きさを正確に表したものではない。計量カップで摺り切り一杯水を計るのとはわけが違う。その気になればDカップのブラジャーにEカップのおっぱいを押し込むことも可能であり、逆に、『大は小を兼ねる』との諺に倣い、EカップのブラジャーにDカップのおっぱいを収めることもできるのだ。


 そして、さらに事をややこしくするのは、おっぱいの大きさそれ自体の不安定さである。成長やダイエットによる増減以外にも、おっぱいの大きさは女性のホルモンバランスや生理周期によって細かい変動を繰り返している。よって、『豊乳』と『巨乳』という言葉のもつニュアンスの違いを明確にするためには、その二つの間にワンクッション、『準巨乳』という言葉を設けるべきではないか。つまり、Eカップは『準巨乳』と呼ぶのが相応しい――俺はそう考えるのだ。


 ここまで来れば、既に結論は自明であろう。そう、『巨乳』とは、Fカップ以上のおっぱいにこそ相応しい代名詞なのである。巨乳と呼ばるるに相応しい威圧感を放ち、痩せ型の女性の胸部にてその存在を強烈に主張する、定義の上でも実感によっても明らかな巨乳。それがFカップ以上のおっぱいなのだ。


 果雨ちゃんに話を戻そう。

 彼女のおっぱいは名実ともに『おっぱい』と呼べる程度の大きさにはなった。だが、おっぱい星人である俺にとっては未だに道半ばであると言わざるを得ない。高い志を持つおっぱい星人の端くれとして、彼女のおっぱいを更なる高みへと――揺るぎない、しかしたわわに揺れる、『巨乳』の域へと導く義務があるのではないか。最近の俺はそう考えるようになっていた。笑わば笑え。俺は本気である。


 果雨ちゃんのおっぱいを次のステージへ引き上げるため、俺が次に注目した食材は『鶏肉』である。

 唐揚げを食べて巨乳になったと公言する巨乳グラドルは、有名どころだけでも五指に余る。バストアップ効果を持つ食材としてはメジャーなものの一つに挙げられるだろう。鶏肉を用いた料理は数あれど、まずは実績のある唐揚げから試していきたいところ。

 そんなわけで、今日の夕食は鶏の唐揚げ、キャベツと海藻のサラダ、豆腐の味噌汁、トマトのコンポートとなった。


「果雨ちゃ〜ん、ご飯できたよ〜」

「はぁ〜い」


 居間から食卓へとやってくる果雨ちゃんの足音は、年々重みを増している。今日は正面にデフォルメされた猫の顔がプリントされたTシャツを着ていた。彼女がうちに住み始めた頃から着ているTシャツで、あまりに柄が可愛すぎて最近部屋着に転用され始めたものだ。小学生の時分のサイズだからさすがに少し窮屈そうで、それだけに、おっぱいの成長具合、その膨らみがよくわかる。

 彼女はいつものようにポニーテールに髪をまとめ、食卓に手を合わせた。


「「いただきます」」


 今でこそすっかり習慣になっているけれど、一人暮らしをしていた頃は、『いただきます』なんて言っていなかった。惰性で生きている人間にとって、食への感謝などどうでもいいものだ。それが今ではどうだろう? 人間、変われば変わるものである。

 果雨ちゃんは真っ先に鶏の唐揚げを口にした。揚げたての衣のサクサクという小気味のよい音がこちらまで聞こえてくる。


「唐揚げおいしい?」


 俺が尋ねると、果雨ちゃんは満面の笑みを浮かべて首を大きく縦に振った。


「うん、揚げたてサクサクでおいしい! お兄ちゃん、店開けるよ」

「ハハハ。それはさすがに誉めすぎだろう」

「そんなことないよ。ほんとほんと」


 彼女の胸が『おっぱい』になってから、Tシャツの下に透けて見えるブラ紐とか、屈んだ時にちらりと覗くデコルテ部分であるとか、薄着になる夏場には特に目の保養……いや目の毒になるものばかりで、前にも増して妙に意識してしまう三十路童貞喪男である。

 果雨ちゃんの成長を見守るこの目が近頃妙に泳いでいることに、彼女が気付いていないよう祈るばかりの毎日。


 このまま彼女のおっぱいが順調に成長し巨乳になったとき、俺は彼女のどこを見て話せばいいのか、などと考え始めた今日この頃。

 いつか果雨ちゃんの顔を直視できなくなる日が来たとしたら、読者の皆様、俺は彼女のどこを見て会話すべきだと思われますか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る