イソフラBoobs

 果雨ちゃんが我が家にやってきてから約一年の時が流れた。


 小さな一軒家である。親父の部屋のニコチン臭が消えるまでのつもりで居間に移動した彼女の家具は、すっかり居間に根を張ってしまったように思える。あの部屋のニコチン臭のしつこさと言ったら、我々の想像を遥かに超えるものだった。もしかしたら、未だにあの部屋には親父の地縛霊が棲みついていて、生前のように毎日一ダース以上の煙草を灰にしているのかもしれない。


 十一歳だった果雨ちゃんは十二歳に、小学校最終学年になった。

 うちに来た頃と比べると身長も幾分伸びたように感じられる。毎日見ているとなかなか成長を実感できないものだというが、仮にそうだとすると、彼女の身体は既にかなりの成長を遂げているのかもしれない。うちに来てすぐ身長を計っておくべきだったと後悔する今日この頃である。そしてもちろん、彼女の成長はそれだけではなかった。


 果雨ちゃんはAカップになった。

 何だAカップかと笑うことなかれ。『お前さんたちは大樹の苗木を見てそれが高くないと笑う愚を犯しているのかもしれんのだぞ』と、かのビュコック提督(著・田中芳樹、銀河英雄伝説より引用)も仰っているじゃないか。

 そして、Aカップに成長したということは、彼女がブラジャーを着用するようになったということでもある。ロリコン趣味が全くない俺は、これまで果雨ちゃんのパンツを洗濯しても何らの感情も抱くことがなかったのであるが、これがブラジャーともなると、生来のおっぱい星人としての本性が疼きだしてしまい、これはいけないと考えるようになり始めた。

 今はまだか小皿かという程度の、小さく浅いカップであるけれど、これが徐々に大きく深く、お椀やボウルのようなサイズになっていった時、俺は変わらず理性を保っていられるだろうか。そう考えると甚だ不安を覚える今日この頃である。俺は果雨ちゃんのために、そして自分のためにも、彼女に洗濯の仕方を教え、自分の服や下着は自分で洗わせることの必要性を感じ始めていた。


 だが、それはそれとして、俺にはもう一つ大きな懸念があった。

 それは、果雨ちゃんの中学受験である。


 成績に不安があるわけではない。常に真面目に宿題に取り組んできた彼女の成績及び偏差値は同年代の中でもかなり優秀なもので、現状維持でも十分に志望校の合格ラインを超えているらしい。また果雨ちゃんの志望校は女子中学で、その点でも俺の希望に沿っていると言える。大事な時期に変な虫に寄って来られると困るのだ。

 だが、問題は真面目すぎる彼女の性格にある。受験を控えて油断してはならないと、果雨ちゃんはこのところ勉強に費やす時間を大幅に増やしたのだ。しかし、時間というのはおっぱいと同じで、増やしたいだけ自由に増やせるものではない。では彼女はどうやって勉強に割く時間を増やしたのか。


 ずばり、睡眠時間を削り始めたのである。


 削ったとは言っても、もちろん徹夜で勉強に打ち込んだりしているわけではなく、あくまで健康を害さない範囲に留まってはいるのだが、それでも俺は不安だった。

 睡眠は成長期における心身の健全な発育に最も不可欠なものだからだ。睡眠不足は身体の成長にダイレクトに影響を及ぼすし、生活リズムの変化によるストレスは精神面に悪影響がある。そして、これらの作用によってホルモンバランスが崩れたりすると、当然ながらおっぱいの発育にも悪い影響が出始めるだろう。


 しかし、だからといって果雨ちゃんに『勉強するな』などと言えるはずもない。彼女の進路は彼女自身が決めるべきことであり、親ですらない俺が口を挟むべきことではないのである。俺にできるのは、食事面で果雨ちゃんと彼女のおっぱいをサポートすることのみ。


 牛乳の次に俺が目を付けた食材は、大豆である。


 『畑の肉』と呼ばれるほど蛋白質が豊富で、古くから我々日本人の貴重な蛋白源となってきた大豆。日本食には数多くの大豆加工食品が存在する。味噌や醤油、きな粉といった調味料だけではない。豆乳、豆腐、納豆、枝豆、湯葉、油揚げ、等々。実が青いうちに収穫されたものは枝豆としてビールのつまみになるし、暗所で発芽させた大豆の新芽はもやしとして食卓に供され、栄養豊富で家計に優しい食材として重宝されている。


 大豆といえばイソフラボン。その名前ぐらいは誰でも聞いたことがあるだろう。美容サプリなどでは定型句のように使われている言葉である。ちなみに、このイソフラボンにはグリコシド型、アグリコン型という二つの種類があり、それぞれ胃での吸収率が異なることはご存じだろうか。胃での吸収率が高いのはアグリコン型らしいのだが、結局どちらの方が効果が高いのかは未だ研究中の分野らしく、俺の低い知能では理解の及ばない領域だ。

 それはそれとして、問題はこの吸収率の高い『アグリコン型』のイソフラボンを大豆食品で摂ろうとすると、選択肢が味噌や醤油などの発酵させた調味料に限られる点である。味噌や醤油の量が増えると塩分の摂りすぎになって健康を害してしまう。それをサプリで補おうとすると、賢い果雨ちゃんにこちらの魂胆を見透かされてしまうであろう。この計画は、本人に気付かれることなくこっそりと進めなくてはまずい。故に、食事に取り入れやすい『グリコシド型』の食材をメインに据えていくことになる。


 実は、数か月前から既に、果雨ちゃんに与える牛乳には適量の豆乳を混ぜている。牛乳の量が多いため、味の変化には気付かれていないようである。首尾は上々。しかし、できれば食事からも摂取してもらいたい。


 ということで、今日の夕食には冷奴とわかめの味噌汁、アジの開きに野菜の酢の物という純和風のメニューで、バランスを取りつつ違和感なく豆腐と味噌を取り入れてみた。


「果雨ちゃ~ん、夕飯できたよ~」

「はぁ~い」


 ぱたぱたと足音をさせながら、果雨ちゃんが食卓にやってきた。彼女は今日も白いTシャツにショートパンツというラフな格好。下ろせば肩に触れるぐらいの髪を、涼しげに後ろで束ねている。Tシャツの薄い生地の下にうっすらとAカップのブラジャーの肩ひもが透けて見える。


 いただきます、と手を合わせ、果雨ちゃんは白米をもりもりと頬張ってから、わかめの味噌汁を啜る。次に、器用に箸を扱いながら、アジの開きから骨を綺麗に取り除いた。焼き魚の食べ方に関して言えば、彼女は俺よりもずっと上手であった。

 そして食後には、適量の豆乳がブレンドされた1リットルの特製牛乳をジョッキでぐびぐびと飲み干す。牛乳が日課になってから次第に牛乳が好きになってきたらしく、今ではその飲みっぷりも、酒豪ならぬ『乳豪』とすら言えるレベルになっていた。


「ぷは~。ごちそうさまでした」


 手を合わせて食卓に一礼すると、果雨ちゃんは再び教科書や参考書が広げられた居間、彼女の部屋へと戻っていくのであった。


 果雨ちゃんのおっぱい育成計画は、今のところ極めて順調である。

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