オレオレ詐欺って牛乳飲んでも巨乳にならないことだと思ってた。

 突如現れた同居人、細川果雨ちゃん。俺にとっては年の離れた従妹であり、十一歳のロリっこJSである。


 彼女の登場によって、寂しい独居三十路喪男だった俺の生活は一変した。


『扶養家族』


 このたった四文字の言葉が持つ重みたるや、さながら二宮金次郎が背負う薪のごとし。一人の幼子の人生が、そしてその成長が、俺の双肩にかかっているわけである。彼女すらできたことのない俺に斯様な重責を背負わせた運命の悪戯に、俺の心は蝶のように舞い上がっていた。


 俺の同級生には、既に結婚し家庭を持ち、子供までもうけた奴が何人もいる。大学、高校、中学、小学校まで遡って俺より不幸なやつを見つけてやろうと顔本で検索をかけると、憎たらしくなるほど幸せそうな家族写真を何枚も何枚も見せつけられることになるのだった。俺自身がそうであるように、不幸なやつはSNSもロクに更新しない。だから、俺が見下し、心から嘲笑できるようなアカウントは一つもなく、そのたびに俺は寂しさと絶望感に打ちひしがれるのだった。


 結婚してえよお。

 子供欲しいよお。

 てか、まず彼女が欲しいよお。


 そうは思いつつも、彼女を作ること、そしてそれを維持するためのコストと自分の市場価値の低さを考えると、そんな淡い夢は一瞬で砕け散るのだった。

 生まれ持った不細工面、決して多いとは言えない収入、勤めている会社の業績は右肩下がりで、資産と呼べるようなものは、親父から引き継いだこの小さな家だけ。結婚なんて夢のまた夢だった。


 ところが、果雨ちゃんという従妹が転がり込んできたことで、過程はどうあれ、俺にも養うべき子供ができたのである。意地汚い女に媚び諂い、多大な時間と労力と資金を浪費した挙句、呆気なく捨てられる……そのリスクを回避して、子供だけが都合よく手に入ったのだ。

 さらに幸運なことに、彼女と俺は従妹という間柄。将来的には結婚も不可能ではない……いやいや、現時点でそこまで考えるのはいくらなんでも時期尚早であろう。

今の俺の責務は、まず何よりも果雨ちゃんに清く健やかに成長してもらうこと。そしてそのために、俺自身も生活スタイルを改めなければならない。



 果雨ちゃんには、生前親父が使っていた部屋に入ってもらうことにしたが、生前チェーンスモーカーだった親父の部屋にはあらゆる場所にタバコの臭いが染み付いていて、その中で果雨ちゃんを養うのはさすがに気が引ける。だから、引っ越し業者が運んできた彼女の分のインテリアはひとまず全て置き、タバコの臭いが消えたら改めて移動させることにした。彼女は『父親も喫煙者だったから大丈夫』と言っていたが、そういう問題ではないのである。

 親父の部屋にはとりあえず全体にフ○ブリーズをこれでもかと吹き付けてみたが、臭いが消えるまでにはかなりの時間を要しそうだ。


 それにしても果雨ちゃんは、あの守銭奴のがめつい両親から何をどう受け継いだらこうなるのかと思うほど控えめでおとなしい子だった。顔もあまり両親に似ておらず、これは間男の種なのではないかと訝ってしまう。まあ、仮にそうだとしても何の問題もないし、むしろ血の繋がりなどない方がいいぐらいなのだ。


 バッタのような顔の父親とカマキリのような顔の母親を両親に持つ果雨ちゃんは、目がくりっとしてかわいらしく、また顔全体は小さいながらもパーツがやや中央寄りの、小動物系、もっと具体的に言えばリスのような顔立ちの女の子だった。

 今でこそ年相応に見えるが、このまま成長していくとしたら、将来はきっと童顔になるだろう。


 だからどうしたって?

 別に?


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 果雨ちゃんが我が家にやってきておよそ一月の時が流れた。

 一人暮らしのうちは食事も全て外食かコンビニ弁当で済ませていた俺であるが、果雨ちゃんを引き取るにあたり、ちゃんと自炊をすることに決めた。

 料理ができないからしなかったのではない。小さい頃から、親父は仕事の帰りが遅かったため、食事の支度は自分ですることが多かったのだ。親父が死んでからは自分が社会人になって自由時間が少なくなったこともあり、自炊するのが次第に億劫になり、いつの間にか全くしなくなっていた。


 しかし、育ち盛りの子供がいるとなれば話は別である。

 俺はキッチンで埃を被っていた鍋や包丁を引っ張り出し、台所を隈なく掃除して、自炊の態勢を整えた。仕事帰りに近くのスーパーで食材を買って帰るのが習慣になった。人間、変われば変わるものだ。

 退勤後、職場の上司や同僚に飲みに誘われたりしても、『子供がいるので』と断るようになった。

 ……いや、こんなところで見栄を張っても仕方がない。正直に言うと、職場でも孤立している俺は仕事以外の用件で話しかけられることすら皆無で、飲みに誘われるなんて言わずもがなである。だが、誘われない人間ほど、もし誘われたらどう答えるか、というシミュレーションを綿密にしておくものだろう?

 そのシミュレーションの際に、もっともらしい理由が付けられるようになったというわけだ。今のところ、この理由を使う機会は忘年会か新年会ぐらいしかなさそうだが。普段ほとんど会話も交わさず蔑むような目で俺を見てくる同僚たちは、俺が突然『子供がいるので』なんて言ったらどんな顔をするだろうか。

 その時のことを想像すると、まだ半年先の忘年会が、あの気まずいばかりで何の面白みもない忘年会が、途端に待ち遠しく思えてくるから不思議だ。


 今日は久しぶりに定時で退社し、スーパーで夕食の食材を買って、家に着いたのは午後七時少し前。

 季節は夏。今日の夕飯は、ちょっと奮発して冷しゃぶである。一人暮らしの時ならば冷えたビールとつまみと買って帰るところなのだが、果雨ちゃんが来てから家では一滴もアルコールを摂取していない。

 帰宅して家に明かりが点いているということがこれほどまでに心温まるものだとは思いもしなかった。生前の親父もこんな風に感じていたのだろうか。玄関を開けると、果雨ちゃんの元気な声が飛んでくる。


「おかえりなさい、お兄ちゃん」

「ただいま~」


 お兄ちゃんと呼ばせているのは便宜的な問題であって、俺の趣味というわけではない。断じて。

 果雨ちゃんは居間のテーブルで宿題をやっていた。ボーダー柄のシャツにデニムのホットパンツ。ロリコンでなくとも少々目のやり場に困る格好である。本人には当然そんな自覚はないはずなのだが。


 キッチンに立ち、袖を捲る。野菜を切り、肉に湯通しして皿に盛りつけ、タレをかける。炊飯器を開けると、炊き立てのごはんのかぐわしい香りが鼻をついた。ご飯を炊くのは果雨ちゃんの仕事。これぐらいなら、と彼女の方から申し出てきた役目である。

 ご飯をお椀に盛り、食卓に並べて声をかける。


「果雨ちゃ~ん、晩御飯できたよ~」

「は~い」


 宿題を続けていた果雨ちゃんは、ぱたぱたと足音を響かせながら台所にやってきた。


「わあ、今日は冷しゃぶ?」


 皿に大盛りになった豚肉に、彼女は目を輝かせた。二人で食卓につき、手を合わせる。


「「いただきます」」


 いくらなんでもちょっと多すぎたかと思っていた大量の豚肉が、もりもりと凄まじい勢いで果雨ちゃんの喉を通ってゆく。

 彼女は俺の手料理をいつも美味しそうに食べてくれた。曰く、生前の彼女の母親は料理がとても下手で、家ではてんやもんか冷凍食品ばかりだったそうだ。ちなみに俺は、実生活での努力は嫌いなくせに、RPGや育成ゲーではレベルを上げることに至上の喜びを見出すタイプの人間である。だから、果雨ちゃんが俺の作った食事を平らげる様を見ていると、いつも心の奥底から幸せな気持ちが噴水のように湧き上がってくるのだ。


 そして食後。俺は、大きめのジョッキになみなみと注がれた約1リットルの牛乳を彼女に手渡した。

 これは、俺が彼女に課している数少ない日課の一つだ。牛乳ほど安価で栄養価が高いものはなかなかない。カルシウムが豊富なことはもちろん、脂質、蛋白質、ビタミン、ミネラル、炭水化物がバランス良く含まれた、成長期には欠かせない飲み物なのである。

 果雨ちゃんも最初はこの量に戸惑っていたようだが、健康のためだと諭して毎日飲ませ続けている。幸い彼女も牛乳が嫌いなわけではないらしく、今ではグビグビと1リットルもの牛乳を飲み干すようになった。


「ぷはー。ごちそうさまでした!」


 ジョッキで牛乳を飲み干した果雨ちゃんの唇は、白く染まっていた。


「はい、おそまつさまでした」

「今日のご飯もおいしかったよ、お兄ちゃん」

「そうか、ははは、そいつぁよかった」


 果雨ちゃんはホットパンツに包まれた小さな尻をぷりぷりと振りながら居間へと戻り、宿題の続きに取り組み始めた。部屋には未だに親父が遺したタバコの臭いが漂っているため、彼女はずっと居間で過ごしている。彼女の家具一式も相変わらず居間に置いたままだから、居間全体がすっかり果雨ちゃんの部屋となってしまっているのであった。

 だから居間にいる間は、自分の家にいるにも関わらず、女の子の部屋に迷い込んでしまったような違和感があった。彼女に煙たがられていないことが唯一の救いである。


 ちなみに、巨乳グラドルのDVDとポスターとカレンダーだらけの俺の部屋には絶対に入らないよう、彼女にはきつく言ってある。お世辞にも褒められた趣味でないことぐらい自分でも理解しているし、見られたくないと思うだけの羞恥心はまだ持っている。果雨ちゃんには、ああいったものに代表される汚れた欲求になるべく触れることなく、清らかな乙女のままで成長していってほしいと願っているのだ。これが親心というものであろうか。彼女がうちに来たことで初めて発見した、俺の中の僅かな良心だ。


 重ねて言うが、心のこもった手料理も、大量の牛乳も、全ては彼女の健やかな成長のためにしていることである。


 え? それ以外の目的?


 さて、何のことかね?

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