おっぱいを育てよう!

浦登 みっひ

俺は断じてロリコンではない

 おっぱいっていいよな。

 おっぱいって素晴らしい。


 どうして、あんな単なる脂肪の塊が、これほどまでに人の心を捉え、魅了するのだろう。

 世の中にはデブを見て癒されるという変わった人間もいるらしいが、あいにく俺にはそんな奇妙な性癖はない。ただ脂肪があればいいというわけではないのだ。それは女性の上半身、首と腹の間、胸筋と皮膚の隙間に、たわわに聳え立って存在することで初めて意味を持つ。


 母性の象徴とも言える、丸みを帯びた二つの豊かな乳房。その隙間に刻まれた、谷間という名の罪深き刻印。

 それは有史以前から数えきれぬほど多くの人々を救い、そして、陥れてきた。

 それでも、世の中の大部分の人間は、赤ん坊の頃におっぱいを飲んで育っている。自分が神の子だなんて信じちゃいないが、それでも尊き乳の子なのだ。

 I am god childって歌を歌っている某女性歌手だって、見事なものをお持ちじゃないか。あれが高度な暗喩でなくて何であろう?


 グラドルに巨乳が多いのはきっと、我々人間の無意識の領域に封じられたおっぱいへの欲求が、アイドル、すなわち偶像崇拝の対象を求めているからだと思っている。


 そう、人は皆おっぱいの下では平等なのだ。

 俺のような、数少ない例外を除いて。


 俺の母親は、俺を生んで間もなく死んだ。だから俺は母乳を飲んだことがない。

 そして俺は童貞だ。だからおっぱいを揉んだこともない。


 童貞というと、読者の皆様は未だあどけないティーンエイジャーを想像するかもしれない。ショタ好き緒姉の期待を裏切ってしまい大変申し訳ないのだが、俺はもう三十路のおじさんである。

 三十余年の人生で、俺は一度もモテたことがない。性病が怖いから風俗に行ったこともない。おっぱい募金にも行ったことがない。無駄に潔癖症だから、他人がべたべた触ったおっぱいに触れるのが怖いのである。

 そんな具合だから、推しているグラビアアイドルはたくさんいるのだが、お渡し会などにも行ったことがない。俺の中で、おっぱいは完全に二次元の存在。スマホやPCのスクリーンの中、そして、雑誌や写真集の中だけの存在だった。


 大した興味も湧かないだろうから、俺の身の上に関してはさっくり述べるに止めよう。

 幼い俺を男手一つで育ててくれた父親は、数年前、癌であっけなく死んだ。親父が遺してくれたものは、築三十年の小さな家と、ほんの僅かな資産だけ。その資産も、相続の際、不仲でずっと没交渉だった親父の弟にいくらか掠め取られてしまった。

 そして、今の俺は、しがないサラリーマン。将来への展望も希望もなく、巨乳グラドルのポスターとカレンダーとDVDに囲まれた部屋で、ただただ糊口をしのぐだけの毎日である。


 今日は日曜日。昼まで惰眠を貪り、目が覚めたら巨乳グラドルのDVDを見ながらだらだら過ごす、いつもの週末――のはずだった。


 ピンポーン


 突然、玄関のチャイムが鳴り渡る。

 これは別段珍しいことではない。俺は大半のグラドルグッズをネット通販で購入しているからだ。それも大抵週末に自宅で受け取れるようにしているため、週末ともなると、必ずと言っていいほど宅配便が届く。

 俺はまた宅配便が来たのだな、と思い、部屋着にボサボサ頭のままで自分の部屋を出て、玄関に向かった。

 親父と二人暮らしだったときは別に広くは感じなかったこの家も、いざ一人になってみると、持て余すというか、手に余るというか……しかし、この家は親父が遺してくれたほぼ唯一の財産といっていいものだったし、思い出もたくさんあったから、売りに出す気は全く起きなかった。


 閑話休題。

 俺はいつものように玄関を開けた。


「は~い、いつもお仕事ご苦労様です」


 顔馴染みの配達員(俺より年上のおっさん)かと思い、声をかけると、目の前におっさんの顔がない。見慣れた近所の風景が、その向こうに広がっているばかりである。


「あの……」


 すぐ近くから、突如として発せられるロリボイス。

 そのまま視線を下ろすと、そこには、大きなカバンを持ち、ランドセルを背負った、おさげの女の子が立っていたのである。





 俺は、その女の子と、居間のテーブルを挟んで向かい合っていた。


 いや、待ってくれ。待ってくれ。通報ストップ。おまわりさんはそのまま180度回ってお帰りください。

 俺にはロリコン趣味もペドフィリアのケも全くない。今まで話を聞いていたらわかるだろうが、俺はつるぺたには全く興味がないのである。


 女の子の名前は細川果雨かう

 俺の親父の弟の娘。つまり、俺から見れば従妹いとこにあたる女の子だ。


 だが、互いにいとこの関係でありながら、俺と彼女はなんとこれが初対面である。俺の父と彼女の父は長年にわたって没交渉だったから。

 俺がまだ幼い頃に叔父とは会ったことがあるらしいのだが、そんな昔のことは覚えちゃいない。だから、遺産相続に口出ししてくるまで、俺は叔父の顔すら知らなかったほどだ。遺産に関する話し合いの中で、娘がいるということは聞いたような気がするが、会ったこともなければ、写真を見せられたこともない。

 では何故その娘がうちに来たのかというと……。


 それは、彼女の両親が交通事故で亡くなったからである。

 うちに何度も手紙は出していたらしいが、遺産相続を巡るいざこざがあって以来、俺は心の底から叔父のことを嫌っていた。だから、細川という名字から来る手紙は全て読みもせずに破り捨てていた。電話もよこしたらしいが、同じ理由で細川家は着信拒否していたし、家の電話にかかってきても無視していたのだ。


 女の子が来てすぐ、俺は弁護士に電話をかけて確認をとった。遺産相続の際、叔父と共に横槍を入れてきた、憎い弁護士である。

 弁護士との間にどんな会話があったかなどをくどくど述べても仕方ないので、結論だけを言うと、彼女は確かに細川果雨。俺の従姉であった。


「はあ……」


 俺は深く溜め息をついた。


「あっ、あの、ごめんなさい……」


 果雨ちゃんは椅子の上に身を縮こまらせながら、何度も頭を下げた。


「話は通ってるから、ここに来れば、施設に入らなくて済むって聞いて……本当に、ごめんなさい」

「……いや、いいんだよ。全部シカトしてた俺も悪かった」

「私、やっぱり帰ります。施設に電話して……」

「今から? 突然連絡して入れてもらえるの?」


 返事はない。そんなにうまく話は運ばないだろう。それに……。


「施設……か」


 彼女の両親に対する恨みが消えたわけではない。しかし、それはこの小さな女の子とは無関係である。この年で施設に入れられることには不安もあるだろう。

 俺が親父を亡くしたのは、成人し、就職してからだった。だが、身寄りがないのは俺も同じ、その心境は理解できる。しかも彼女はまだ十一歳だというではないか。

 要するに俺は、突然やってきたこの女の子が可哀想に思えてきたのだ。


 問題は俺に彼女を養っていけるだけの経済力があるかという点だ。弁護士に聞いてみたところ、俺から掠め取った分を含めて叔父夫婦にはそれなりの財産があった。相続人が未成年であるため、今後は家庭裁判所の判断を待たねばならないが、その大部分を彼女が相続することになるようだ。だから、生活費の心配はしなくてすみそうである。


「本当は行きたくないんだろ? 施設」


 果雨ちゃんはこくりと頷いた。


「わかったよ。しばらくの間、うちで面倒を見てあげよう」


 すると、暗く沈んでいた彼女の表情はたちまち明るくなり、にかっと無邪気に微笑んだ。十一歳といえば、まさに育ち盛りの時期である。


 さて、重ねて言うが、俺にはロリコン趣味もなければペドフィリアでもない。まだ幼い彼女に対して性的な興奮など微塵も湧いてこなかった。だから、俺が果雨ちゃんに対して抱いた感情は極めて健全なものだということを、ここで改めて述べさせていただこう。


 この小さな女の子が一人前の女性になるまで、俺がしっかり育てなくては。

 果雨ちゃんの屈託のない笑顔を見つめながら、俺はそう心に誓った。

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