僕たちのプロフィールとそれを取り巻く社会の有様

 脳死といえば、制度上は障害等級一級となり、生きてるだけで障害年金がもらえるはずである。夢の不労所得生活……と思いきや、現実はなかなかそうもいかなかった。


 西暦2040年、社会保障制度が崩壊した日本では、国家予算のうち、医療、介護、年金など福祉関係の予算が、昔と比べて大幅に削られている。障害年金も完全になくなったわけではないのだが、障害認定も厳しくなったし、受け取る年金額だって、『健康で文化的な最低限の生活』がギリギリ送れるかどうか、ってぐらいしか貰えない。そもそも、憲法に記されているこの定義自体曖昧すぎると思うのだが、どうだろう。文化的って何ぞや?

 僕と麻梨丫の生活はもう不可分なものになってしまっているにも関わらず、障害年金が支払われるのは僕だけ。僕一人の給付額では、二人分の生活費は賄えない。


 とはいえ、日本初の記憶移植カップルである僕たちには、実験動物――かわいく言えばモルモット――としての役割があるから、国としてもむざむざ餓死させるわけにはいかないらしく、障害年金以外にも若干の給付金がある。しかし、その給付金を加えてもなお、わが生活くらし楽にならざり。


 要するに、そこそこの生活をしていくためには何かしら仕事をしてお金を稼がなくちゃいけないわけなのだけれど、職探しには当然のように、僕と麻里丫の体が問題となる。

 前述した通り、僕達は三十メートル以上離れることができない。つまり、どちらかが働きに出ると、もう片方も相手の職場までついていかなければならないことになる。在宅でできる職種は限られているし、生憎、僕も麻梨丫もそういう類の仕事とは縁がなかった。


 僕はかつて、警備員の仕事をしていた。

 なんだ警備員か(笑)と思われるかもしれないが、2040年の現在、人間に残された仕事はこういうものばかりなのだ。ホワイトカラーの仕事の大半は既にAIに置き換えられていて、肉体労働か死か、それが社会の現実となっている。知的労働は低コストでAIに置き換えられるが、肉体労働の機械化には専用のロボットを作らなければならず、ロボットの開発・購入費用及び維持コストと人件費との比較で人件費のほうが安上がりになるような付加価値の低い仕事しか、人間には残されていないというわけだ。


 しかし、そんな社会情勢の中で、警備員はなかなか人気の職業でもあった。

 暇な時間が多いし、それほど他人と関わらなくてもいい。僕のようにぼーっとするのが苦にならないタイプの人間にとっては天職と言ってもいい仕事で、だから、警備員の仕事をやめなければならなかったのが、こういう体になって最も残念なことだったと言っても過言ではない。さすがに女連れで警備員をするわけにはいかないのだ。


 麻梨丫は以前、SMクラブで働いていた。

 ……念のために言っておくが、僕は客として彼女のお世話になったことは一度もない。

 性風俗もまた、人類に残された肉体労働の一つである。所得格差が拡大し二極化した現代において、性風俗を利用できるだけの経済的余裕のある人間は限られており、必然的に、性風俗関連の店も昔と比べると大幅に減った。あまり詳しいことは知らないが、サービス内容と料金設定も二極化が進んでいるらしく、麻梨丫が働いていたSMクラブの主な顧客は富裕層だったとか。

 エキゾチックな美貌を誇る麻梨丫は客からの人気も高く、愛人契約を持ちかけられたことも一度や二度ではないらしい。だから、警備員だった僕なんかより彼女の方が遥かに稼ぎが多かったのだが、麻梨丫もまた、仕事を辞めざるを得なくなった。男連れで女王様をやるわけにはいかないからだ。


 今の僕たちは、お互いの貯金(主に麻梨丫の)を取り崩しながら、仕事を探しているという状態。だから、部屋に引きこもっているわけにもいかず、多少の危険を冒してでも街へ出なければならない。


 僕たちが暮らしているのは都内のマンションで、僕がこんなことになってから、新たに引っ越した部屋だ。

 僕が以前暮らしていた部屋は、二人ではとても暮らせないようなワンルームマンションで、古めかしい言葉で表現するならば、陋居、という感じだった。僕の部屋で一緒に暮らそうなんて口が裂けても言えなかったし、一晩連れ込むことすら躊躇われるような、みすぼらしい部屋だったのだ。

 一方、麻梨丫が住んでいたのはオートロック付きの高級マンションで、二人住むにも十分な広さがあったのだが、ティアラを外し女王様を引退した彼女の収入で高級マンションの家賃を払い続けることは困難だと、彼女が判断した。彼女の判断は正しかったと僕も思っている。

 そんなわけで、僕たちはお互いの部屋を引き払い、二人でどうにか暮らせる広さの安い部屋に引っ越した。一緒に不動産屋に行くと、いつも決まって夫婦と間違われた。美人な奥さんですねえ、などと言われて麻梨丫も悪い気はしなかったようだし、僕だって少し鼻が高かった。


 ああ、ええと、何の話をしたかったんだっけ。そう、職探しのために街へ出なければいけない、という話だった。思い付くままに喋っていると話が脱線していくのは僕の悪い癖だ。こういう点は、麻梨丫より僕の方がずっと女々しいと感じている。お喋りな女王様なんて様にならないから、彼女は無口になったのだろうか。でも、そんなことを言い始めたら、お喋りな警備員だって様にならない……ああ、また話が脱線していきそうだ。


 とにもかくにも、僕たちは仕事を探すため、いつものように手を繋いで街へ繰り出した。

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