第2話
見知らぬ場所に来て数日。今までいたところが病院だった事そして今日退院すつ事を知り、医師と看護婦に見送られ俺は外に出ることになった。
俺の横を歩く女性は表情が曇ったままだった。
「記憶喪失、ですか?」
起きられるようになった俺は女性とともに医師の話を聞きに行った。
そこで聞かされたのは、俺が「
時間経過とともに記憶は戻ってくると説明は受けた、が。
俺はエルゲンで御影汐李ではない。家族は俺を汐李だと思っているが中身が違う、記憶なんてどんなに待ったところで戻るはずもなく。
「……汐李」
前を歩く男性、汐李にとっては父親が立ち止まり俺の前に立った。
「今の君にとって私たちは知らない人、緊張もするだろうし怖いだろう」
「……いえ、その……」
なんて言っていいのか、俺はこの人たちに嘘をついていることになる。俺は男でここではない場所から来た人間だという事を打ち明ければ、騙さずに済むんだろうか。
……でも。
「そうなったら汐李はどうなるんだ……」
家族にとって汐李がいなくなることに、ならないだろうか。俺が汐李ではないと言ってしまったらこの人たちは……?
「どうした、汐李」
「……なんでもない、です」
話してはいけない、今は自分の置かれた状況だって分かっていないんだから。
***
「さぁ、ここが汐李の家だ」
そう言って案内されたのは豪邸というものだった。昔ある人に案内されて大きい屋敷には入ってことがあったが、それよりも大きいのではないだろうか。
「貴族か何かなんですか、御影という家は」
俺がいうと父親が困ったように笑って言った。
「私がね会社の経営者なんだ」
「そう、なんですね……」
汐李なら知ってて当たり前の情報。記憶喪失ということになっていても聞く俺も、聞かれる両親もどこか思うところはある。俺はこの家族が求める「汐李」を演じることは出来るのだろうか?
「し……」
歩いて行く先玄関であろう大きな扉の前に佇む燕尾服の青年がこちらを凝視している、誰だ? この家の使用人……?
そいつは俺を汐李だと確認すると猛ダッシュで近寄って来た。
「な、何事っ!?」
俺は反射的に逃げようと踵を返す。だが忘れていた、この体は俺のものではない。
病院から退院したばかりのこの体は反射的な動きについてこれるわけがなく、地面に躓きバランスを崩す。
「汐李様っ!!」
呼ばれると同時に強く腕を引かれ、柔らかいものに包まれる。
「大丈夫ですか、汐李様……」
「……は、い」
青年は俺をジッと見つめると笑みを浮かべ「良かったです、お元気そうで」と身体を支えながら立たせてくれる。
「汐李、この人は汐李の付き人の、イツキだ」
「付き人?」
「そう、分からないことや不安なこと必要な事は彼に相談するといい」
紹介されイツキは俺に笑いかける。俺は無意識に視線を逸らした。なんだか彼には正体を見透かされそうで少し怖くいなった。
「イツキ君、私たちは少し職場に顔を出してくるから汐李のことお願いしてもいいかしら?」
「はい、かしこまりました奥様」
「夕食までには帰るからね、汐李」
二人が俺たちに手を振り停めてあった黒塗りの車へ乗り込むと、車は早々に見えなくなり残された俺は横目でイツキを見る。イツキは俺の視線に気づいたのかこちらに目を向け優しく微笑んでみせた。
「お部屋へ行きましょうか、荷物お持ちしますね」
断りを言う前に流れる動きで荷物を持たれ、俺は開きかけた口を閉じるしかできなかった。こちらの使用人というのは向こうのと大差ないくらいいや、それ以上に優秀なのではないかと思うほどだ。
「こちらです、お部屋のものはそのままにしていますので」
「……ありがとうございます」
礼は言ったもののどこに何があるかなんで俺には分からない。
とりあえずベッドに腰掛け一息つくと体が一気に重くなるのを感じた。病み上がりの体に俺という人格が入り込んだことによる負荷も影響しているんだろうか。
「……汐李様」
「な、なんでしょうっ」
眠りかけていた俺は突然の呼びかけに肩を跳ね上げた。イツキがゆっくり歩み寄り俺の前で片膝をつき言った。
「あなたは、誰ですか?」
「……え?」
問いかけは確実に俺に向けたもので、俺は汐李という少女の体で見た目は汐李そのもので、記憶喪失という追加設定のおかげで多少はばれずに済むと思っていたのにっ。
「汐李様では、ないのでしょう」
……なんで、もうバレたし。
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