第1話


 あの日確か俺は……。



 ジワリと浮かんできたのはほんの少し前までの自分の行動の記憶だった。

 ヴァル・ナロという国の中心から離れたところにある田舎町。そこに俺、エルゲン・ルーイは住んでいた。


 ヴァル・ナロは魔法が盛んで日常生活には欠かせないほど浸透している。適性がありある程度学べば低級魔法なら誰でも使えるようになる、そんな世界。

 俺はある人に憧れ魔法の勉強に力を入れ階級持ちにまでなった。


 階級とは魔力と技術が高く国に認められた者がもらえるもので、数字が大きくなるとそれだけ優れた魔術師として仕事も優遇されるし、国の役人として安定した暮らしも保証される。俺が知る中で一番高い階級は12。この階級を持つのは二人だけとされている。俺の憧れている人物がその一人。

 俺は今の所5階級。魔術師としては普通であり高くも低くもない。


 安定した職業に就きたいのはもちろんだったが、俺は憧れの人と同じ職業に就きたい、その為に今日も魔法陣の勉強に励んでいた。

 この日実践しようとしていたのは転移魔法だった。

 今の俺にはまだ完成できないレベルの魔法のためいつになく慎重に事を進めていた。間違えば何が起きるか分からない、ヘタを打てば爆発系の魔法陣になってしまう可能性だってある。



「ここの文字は……」



 白のチョークで少しずつ組み立てていく。あと少し……その時。


 轟音。


「なっ……、なんだ⁉︎」


 突然の地響き、悲鳴。

 作業を中断し外に飛び出すとあちこちから煙が出て人々が逃げ惑っていた。応戦できる者は攻撃が飛んできた方向へ、ある者は消火や救助作業をしていた。


「一体、何が……」


 この街は他のところに比べ平和で争いごとはない場所だった。それもあり街の人口も増え続けていたのに。


「おい、そこの男」


 突然かけかけられた声、俺はゆっくり振り返った。


「……誰だ、あんた」


 ガタイのいい身体を黒い服で覆ったそいつは俺を見て笑っていた。


「お前ノーウェっての知ってるか?」

「……」


 その名前は俺がよく知っている名前だった。俺が魔術師になるきっかけになった、英雄。なぜここまでして探しているのか、考えても分かるはずもなく。


「知ってはいる、けど居場所までは知らない」

「……いるんだな?」

「っ!!」


 俺は慌てて後ろへ飛んだ。その瞬間俺が立っていた場所から火柱が上がり思わず苦笑を浮かべた。こいつにとって知っているだけで攻撃対象だったのか、迂闊だった。


「ほう、なかなかいい反応をするじゃないか、お前」

「そらどうも」


 とはいえ相手は俺より上の階級持ちだろう、威力も詠唱時間も全然違う。このまま戦えば俺は確実にやられることは容易に想像できた。

 どうする、回避はできてもいつまで続くか。

 ふと嫌な事を思いついた。


 ……あの魔法陣使えるか?


 いや結構危険な賭けというか俺がこの街を見捨てて逃げることになる。それはなんか嫌だ。なので置いていこう、この街の危機を知らせるための魔法。


「さて、次は避けられるかな……?」


 向こうは再び攻撃系の魔法を展開しようとしていた。俺は小さく息を吐くと家の地下に向かって走る。地下には先ほどまで書いていた魔法陣がある、そして着くまでの間に緊急を知らせる魔法を展開する。この魔法を感じてくれた誰かが街の様子を見にきてくれて助けてくれれば、そんな願いを込めて。


 地下に着き俺は書きかけの魔法陣に立つ。


「行き止まりだな、なんだ潔くやられる気になったのか?」

「……いや、まだ死にたくないからな」

「あ? なんだその魔法陣は」


 俺は落ちていたチョークを拾い魔法陣の空白を埋める。書き終え相手を見ると何が楽しいのか笑っていた。俺はちっとも楽しくない。


「なんとか言えよ、なぁ!!」


 顔の横を鋭い風が抜けていく。俺はそれを避けなかった、そのせいなのか頬から血が流れ床に滴る。


「俺にはあんたを退かせる力はない、だから俺は身を守ることにした」


 血をにえに魔法陣がゆっくり発動し、その場に光が満ちる。

 あぁごめんみんな、俺が一人逃げることになって。

 展開が終わり俺は一度手を叩く。すると突風が巻き起こり視界が暗転。




 気がついたら……。


「汐李……、良かった」


 あぁ、俺はあの魔法陣を完成させられたんだな。

 魔力を消費しすぎたせいか視界がぼやけて体に力が入らない。


「すみません、自分は一体どんな状況なのでしょうか……」


 そう聞くので精一杯だった。

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