第八章 嫉妬する女

――さらに、男の話は続く。

浮気されるんじゃないかと、妻の監視がいよいよ厳しくて……ひとりで外出できないわたしは、3年くらい前からネットサイトで遊ぶようになった。

診察を終えて、食事を妻と食べてから、自分の部屋に引き籠ってネットで遊ぶ、これが唯一のわたしのストレス解消法だった。最初はネットゲームで遊んでいたが、その内……アバターコレクションにハマってしまった。毎月十数万のアバターを買い続けたよ。

「たかがネットのアプリ、こんなものと……分かっていても、どうしても止められないのがアバターだよ」

「そうですよね」

「コンプリートしようと思うと、なおさら……」

「……ですね」

僕もアバ廃人一歩手前まで逝った? ので、そんな彼の気持ちは理解できなくもない。

しっかし……十数万って!? さすが歯科医師だ――。


「その頃からなんだ、アバター交換に有利なように女性のハンドルネームを持つようになったのは……」

「あのサイトのアバ廃人たちはHNを十数個持っているのはザラですよ」

「わたしは、女性になりすましている内に……それが快感になってきたんだ」

「…………」

ネカマに騙されていた僕は、ちょっとムッとした。

「すまない……しょうちゃん、君も騙してしまったね」

「もう、いいです……」

今さら謝られても……しょうがないし……。


僕の隣には死人がひとり居る。

今さら、そんな問題ではないはずだ。今、この男が僕を殺害しようとすれば……睡眠薬のせいで自由が効かない僕を殺すことは容易だ。

しかし……この男からはそんな殺気は全く感じられないし、ここまできたら、真実を全て聞いてしまいたいという、僕の好奇心もあった。

恐怖を感じながらも、この男の話に耳を奪われた。


毎日、ネットでネカマになって遊んでいたら、いろんな男たちが言い寄ってきたよ。

実は男に結婚を申し込まれたこともあるんだ、そういって苦笑いをする男。熱心にネカマのキリちゃんにラブコールする男性がいてね。わたしたちは仲良くなって恋人ごっこをしていたんだよ。


そう、付き合いだして三ヶ月くらい経った、ある日、彼は何の連絡もなく急にネットにこなくなったんだ。心配したわたしはネット仲間に、彼の消息を訊いて回っていたら……そしたら、なにか事件に巻き込まれて死んだらしいと情報を掴んだ。

それで新聞をネットで検索して詳しく調べたら、その事件と該当するものが見つかった。



   東京都M市でO月O日未明。

   ホテル『マリリン』の駐車場で、駐車していた車の中から

   若い男性の遺体発見。

   男性はM市に住む会社員OOOOさん(28歳)とみられる。

   OOOOさんの体内から毒物トリカブトが検出され、

   他殺された可能性が高い。

   同ホテルに一緒に入室した若い女性の行方を警察では追っている。



トリカブトの毒と聞いて、わたしは嫌な予感がしたんだ。

妻は薬剤師で特に東洋漢方には詳しくて精製方法もかなりよく知っていたからね。

結局、その事件はゆきずりの犯行とみられ、一年経った今も犯人は見つかっていない。


その次にネカマのキリちゃんが親しくなったのはO県K市に住む大学生だった。ネットの世界は気が合えば年齢も性別も関係がない。

彼も付き合い出して、四ヶ月ほどでネットから忽然と消えてしまった。


気になって、O県の地方紙をネットで検索して読んでいると、こんな記事が……。



   同県K市でO月O日午前九時。

   サンシャインコーポ二〇四号室住む、O大学三年生OOOさん(21歳)が

   部屋で血を流して死んでいると、バイト先の店長から通報があった。

   三日前からバイト先を無断欠勤していた、OOOさんの様子を見に来て

   遺体を発見。

   部屋には遺書と思われるものがあり、トリカブトによる服毒自殺とみられる。

   なお、警察ではトリカブトを入手した経路など詳しく調べている。



彼もまた、トリカブトによる死亡だった。


その頃から、わたしはネットのマイページを誰かに覗かれているような気がしてならない。前の日にネットを落ちた時と……なにか、どこか違うんだ。メールも誰かに読まれているような……そんな気がする。

それで何度もパスワードを変更してみたが……すぐにまたパス抜きされるんだ、だけど、レアなアバターが盗まれてもいないし、いったい誰が……?

考えられるのは、診察中にわたしの部屋のパソコンをイジれるのは……そう、妻だけだ。


もしかして妻が……?

そんな疑念を拭えないまま……わたしたち夫婦は冷めた生活を続けていた――。

「そして、しょうちゃん……君と知り合った」

「うん……」

「君のブログの日記を読んで、君の孤独に惹かれたんだ。わたしには妻がいるが心はいつも孤独だったからね」

「どこか、共感し合えたってことですか?」

「そう。ネットを熱心にやっている人はしょせん孤独な人間が多いんだ」

「……そうかもしれない」

なぜか、この男の言うことに素直に頷いた。


君と仲良くなってから、また頻繁にマイページを覗かれているみたいに感じるようになった。幾らパスワードを変えてもダメだし……わたしがINしてる時間帯にも相手も同時に、わたしのHNでINしているみたいで完全に見張られている感じだった。

そして、君が嫌がらせのメールを送られた……と聞いて、やっぱし妻が怪しいと思った。

あの日……君からボイスチャットをしようともち掛けられて困って黙っていると……急に妻がわたしの部屋に入ってきて。

「わたしが何とかしてあげるわ!」

彼女がそう言った。

ビックリした! やっぱし、わたしのHNでパソコンに入って、ふたりの会話の一部始終を見ていたんだ!

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