第2話 本業の話

 ぴの字がいなくなって静寂を取り戻したかに見えた保健室に新たな訪問者がやってくる。すらりとしたボディバランスの女性…黎明ナルだった。

「ナルさん、おはようございます。蟷螂先生と一緒では…ないんですね。」

彼女は女性という身でありながら命知らずともとらえられる突撃を行う一方で、黒蟷螂…つまり担任の彼女という肩書を持つ。この肩書に違和感を覚えるものも少なくはないだろうが彼女の生い立ちおよび黒蟷螂の功績によって黙認されている。私からすると自殺部隊にいる時点で黙認も何もないと思うのだが。

「アイツなら馬鹿を探しに行った。どうせ教室には集まんないだろうから保健室集合だって。俺は先に伝えに来た。」

…あえて馬鹿が誰かは置いておくことにする。マスクのせいで表情が読みにくい彼女だが、気持ちが行動に現れやすい故感情を読むのはそう難しくない。特に今のように日常の中で感情が高ぶっている彼女なら。

「そうなんですね、ありがとうございます。ぴの字さんがちひろさん探しに行っちゃいましたけど大丈夫ですかね?」

「知らね。」

こうして間髪を入れずにいうあたりイライラしているのは間違いないだろう。大方イチャイチャしようと思ったのに蟷螂先生が所在がわからないちひろを探しに行かなきゃいけなくなったことが、半分以上を占めてるだろう。

「とりあえずお茶でも入れますね。急いで来てくれたみたいだし。」

火に油を注ぐのは趣味じゃないし、保健室で重傷者は作りたくない。ぴの字か蟷螂先生かがちひろを連れてくる前にリラックスさせておくことが最善だろう。半殺しくらいで許してもらえるように。

「あのさぁ。」

「なんですか?」

お茶を入れる手は止めずに尋ねる。

「もし、腕がちぎれても、殿は治せる?」

彼女にしては珍しい仮想の話。心なしか声にもいつもの覇気がないように感じる。

「んー、腕そのものの損壊具合によってですかね…ただ切り落とされただけならくっつけることは簡単です、できます。しかしミンチにされてしまったらできないこともないですが、難しいと言わざる負えませんね。皆さんほどの腕ならいい義手を付けた方が早く前線復帰が可能になると思います。」

話の真意は腕の話ではないだろうが、私はあえて結論を嘘偽りなく述べる。真実を言うことは相手と信頼関係を築く第一歩だから。そしてお茶の用意もできたことだし、はぎれにもう少しだけ長めに散歩するように連絡を入れ、彼女の前に座った。

「どうかされたんですか?」

普段は驚異的な医療能力ばかり求められるが、私の本職は人の話を聞き、不安を取り除くことである。身体が健康であれば健康だというわけではない。身体と精神こころのバランスがとれていなければ、その綻びから崩れ去るのだ。だから、精神のケアも私の仕事である。

「いや、別に大したことじゃないんだ。ただ少し無くなった内臓は修復でいるのかなって考えて、それで…」

内臓。そういって下腹部を押さえた姿を見て彼女の経歴を思い出す。

「なるほど、結論から言えばたぶん高確率でできます。」

強制的な卵巣摘出のためホルモン剤が欠かせない。そう渡され暗記し破棄した彼女のカルテには書いてあった。

「しかし、まだ未知の段階ではあるためその臓器がどのくらい機能するか、ぞうきによって将来がんなどのリスクがないかはわかりません。…あくまで私ができるのは今死ぬ運命の命を延ばすことなので、将来長生きさせることは専門外です。」

瀕死になった人なら救える。毎日死んでしまいそうなはぎれも生き長らえさせられる。でも健康的に生きられるかなんてわからない。今日死ぬ運命を明日に、明日を明後日にしていってもいつか必ず人間は死ぬ。それは変わらない事実だから。

「…なるほど。まあ、できることはできるんだ。あくまで選択肢は多い方がいいと思って聞いただけだから、真面目に答えてくれて助かった。」

そういうとやっと差し出したお茶に手を伸ばし、チャックをあける。最初よりは機嫌がよくなったようだ。

「まあ、蟷螂先生だから大丈夫ですよ。」

と彼女に聞こえるか聞こえないかの声で呟き、私は自分に入れたお茶を飲みほした。





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