インディーズの窓

著者

1冊目 さきうらかずき『君は、本の虫1』

 書名:『君は、本の虫1』

 著者名:さきうらかずき 

 サークル名:Qualia

 書誌データ:A5版 2段組み 56ページ


 感想

 英国の詩人バイロンの作品、『ドン・ジュアン』の中にある言葉で、日本では「事実は小説よりも奇なり」という語で親しまれている言葉がある。けだし真理であるが、これほど納得のできない真理も珍しい。

 なんで納得できないのか。

 それは一重に、小説より奇なる人生にしても出来事にしても、それは全体の中のごく一部分であり、大抵の人生や出来事は小説なんかよりもはるかに詰まらない、退屈なものであるからである。地球全人口を七十億人と考えると、小説より奇なることに遭遇する人間は、まあ多くて一万人、とすると実に〇・〇〇〇〇〇一四パーセントくらいしか存在しないということで、これはもうはっきりいって真理とは呼べないくらい稀なケースである。

 大体、この真理がありふれているなら、私はとっくに宝くじでも当てて一攫千金、それを元手に投資をして常勝、雪だるま式に増えた財産を豪快に費消して世界を周遊、旅先のあちこちで絶世の美女と熱い夜を過ごし、怪奇現象を目撃し、自然の織り成す驚異に出会い、不可思議な事件に巻き込まれ、最終的には猿股一丁でスペースシャトルに乗り込んで宇宙空間へ行き、無重力の中パラパラを踊りながら『地球は、無かった。そこにはただただ大きな脳が浮かんでいるだけだった。どうやら我々の認識している世界というのは一つの脳が見せる幻覚みたいなものらしい』などといった意味不明な言葉を残して各所に一石を投じた後、銀河の彼方へと向けて旅立っているはずである。

 いや、それだってこうして言葉にできるのだから小説より奇ではない。もっと何か想像もできないことになっているはずである。しかるに、そうなっていない。私のこれまでの人生を文章にして新人賞に出したところであっさり一次で落選する。そんな箸にも棒にも掛からぬ人生を送ってきた私だがバイロンの言葉は真理だと思う。

 何故なら、想像できることは常に、想像できないことの後塵を拝しているからである。想像できることは、今まで想像できなかったけれどそれが実際に起こったことによって、想像できるようになったからである。厳密には違うかもしれない。ただ、想像力には事実という踏み台が不可欠である。そうした意味で、事実は小説より奇なるのである。しかし、〇・〇〇〇〇〇一四パーセントくらいに留めておかないと小説が売れなくなるから、そうなっているのである。

 と負け惜しみをしながら本書を繙くと、そこには割と私寄りの生活―宇宙空間でパラパラを踊ったりしない―を送る女子大生が現れる。本の声、という妙なものが出てくる他は、ごく平凡な、ありふれた彼女の生活が丁寧に描写されていく。そして、部屋の本から飛び出してきた虫(と彼女は呼ぶが小人みたいな存在)と出会うところで終わる。冒頭からかなりの分量を取ってありふれた生活を根気よく丁寧に描写していることで、そこから地続きに不思議な世界に入っていく感じがある。

 あ、これだな、と思う。

 事実は小説より奇なりと言ってドヤ顔をしている〇・〇〇〇〇〇一四パーセントの人らに向かって、フィクションとノンフィクションの境なんて言うほどはっきりしてないぜ、はは、と私、いよいよ負け惜しみを色濃くして、でもすがすがしい気分で。

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