第79話 佳織がいないとダメなんだ

 どうしてこうなった。


 佳織をからかっていただけのはずなのに、なんで俺は佳織にキスまでしてしまったんだろうか。雰囲気に流されたと言えばそれまでだが。

 ひとまず顔に出ないように動揺を必死に押し殺す。

 そもそも佳織の唇がすごく柔らかそうに見えたのが原因か。実際すごく柔らかかったです。


 いやそんなことはどうでもいい。


「圭一……」


 切なさを感じさせるかすれた、だがしっかりと熱を持った声で呼びかけられる。一歩二歩とこちらに近づいてくるが、どう反応していいか迷っているうちに捕捉されてしまう。

 しっかりと両手を背中に回されて抱きしめられたのだ。首元に顔をうずめられているため、佳織の表情を伺うことはできない。が、その体は微妙に震えているような気がする。


 マジで何やってんだ俺は。いくら佳織が可愛く見えたからって、そりゃねぇわ。自分で自分にドン引きだ。

 佳織に今まで彼氏がいたとかいう話は聞いたことがないから、おそらくファーストキスだったんじゃないかと思う。それがこれだよ。いや女同士ならノーカンとか? ってそれは佳織が判断することであって俺じゃないしなぁ……。


「あー、佳織……。その、ごめん」


 もしかして泣いているのかもしれないと思って謝罪するも、しっかりと首を左右に振って否定する佳織。そしてますます力を入れて俺を抱きしめてくる。


「……どうして謝るの?」


 理由がわからずに困惑していると、耳元から佳織の小さい声が聞こえてきた。俺がやらかしたんだから謝るのは当たり前だと思うんだが。いつもなら「何すんのよ!」と激しく責めるところじゃないのか?


「嬉しかったんだから……。謝らないで」


 どう答えていいかわからない俺に、佳織が言葉を重ねてくる。


「えっ?」


 ……嬉しかった?

 俺にキスされて?

 なんで?


「あたしは、圭一のことが好きなんだから……。嬉しかったのよ」


 はい? 今なんと?

 佳織は俺のことが……好き?

 えっ?


「だから圭一」


 抱きしめていた両腕を緩めて俺を解放すると、俺の両肩に手を置いてまっすぐに見つめてくる。その表情は泣き笑いのように見えて、心が苦しくなってきた。


「あたしは圭一の味方だから。安心して?」


 諭すように掛けられた言葉が、自分の中へとすとんと入ってくる。

 佳織は俺の味方。

 佳織は俺のことが……好き。


「そっか……」


 まだ頭の中が整理しきれず、なんとか絞り出せた言葉がこれだけだった。

 でもはっきりしていることはある。


「ありがとう」


 佳織と一緒にいると俺は安心するということだ。


「やっぱ俺は佳織がいないとダメみたいだ」


 今度は自分から近づくと、佳織を力いっぱい抱きしめた。




「圭ちゃん、大丈夫?」


 昼休みにいつものように四人でお昼を食べ終わったあと、静に声を掛けられた。そんなに顔色悪いのか……。佳織にも即バレたしなぁ。だが睡眠不足なだけで、精神的な不安はさっぱりなくなっている。これも佳織のおかげだ。


「あー、大丈夫。ただの寝不足だから」


 ちらりと向かいに座る佳織に視線を向けると、少し頬を染めてぎこちない笑みを浮かべている。


「そう? それならいいけど……」


 あのあと電車に乗って学校まですげー気まずかった。我に返って恥ずかしかったのは佳織も一緒だろう。学校に着くまではお互いに顔が見れなかった。

 昼休みになって俺は慣れてきたが、佳織はまだみたいだな。


「……佳織ちゃんは何かあったの?」


「えっ? ……別に何もないよ?」


 千亜季が気になって首をかしげているが、佳織の挙動が不審だ。


「ほほぅ、何かあったわけですな」


 何かを察した静はキュピーンと目を光らせている。


「だ、だから、何もないってば……!」


 ちらちらと俺に視線を向けながら必死に否定しているが、その反応はむしろ逆効果だろ。ある意味ではいつも通りの佳織とも言えるが。


「ほれほれ、何があったのかキリキリ白状してみなさい」


 しかしこのままだと無関係とはいえない俺にもとばっちりがきそうだな……。なんとかしないと。

 ……しかし腹が膨れたからかすげー眠いな。


「圭ちゃんは佳織ちゃんに何かあったか知らない?」


「ふへっ?」


 眠気で鈍る頭をフル回転させていたところだったからか、変な声が出てしまった。やばい、これはマジで眠い……。これは昼寝をするべきではなかろうか。いやしかし、とばっちりがこっちに来ないように……。

 って寝てしまえば来ないのでは? むしろ佳織に全部押し付ければいいのでは。そうすれば昼寝もできて一石二鳥ではないか。


「あぁ、ちょっとね……」


 佳織をちらちらみながら勿体を付けて言葉を切ると、顔を赤くした佳織の百面相が見られた。遮ったら何かあったと自爆するもんだし、かといって話されるとバレるというどうしようもない状態だ。


「『佳織がいないと俺は生きていけない』みたいなことを言ったらこうなった。……ふわぁ」


 あくび交じりで冗談っぽく聞こえるように言うと、そのまま昼寝をするべく机に突っ伏す。


「あ、ちょっと、圭一! なに寝ようとしてるのよ!?」


「ふおぉぉ! やったね佳織ちゃん!」


「ほほぅ……。で、佳織はなんて返したの?」


 俺を起こそうと肩を揺する佳織に、興奮して歓喜する千亜季。静は面白がるように佳織を問い詰めている。


「えぇっ!? いや……、えっと……」


 通学時の会話は俺のその言葉が最後だったため、もちろん佳織からの返答など聞いていない。矛先が佳織へと向き、しどろもどろになったためか睡眠妨害もなくなっている。これ幸いにと心地よい眠気に誘われるように、俺の意識は落ちていった。

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