第80話 結局俺は五十嵐圭一以外の何者でもない
「むーん」
「どうしたのよ、そんなに可愛い顔して」
とある休み時間、眉間にしわを寄せていたら静から声がかかった。可愛い表情をしていたつもりはないが、解せぬ。
学校で昼寝をしてしまったこともあるが、残念ながら男に戻っているということはなかった。いやむしろ戻ってなくてよかったかもしれない。サイズの小さい女子服を着たまま男に戻るとか、教室中が阿鼻叫喚に包まれる想像しかできない。
……俺が男に戻る話は置いといて。俺以外にもこう、いきなり性別変わっちゃったヤツっていないもんかね。まぁいないんだろうが……。
「いやまぁなんつーか、あれからやたらを視線を集めてるなーと思ってな」
プールの授業があってからというもの、なんとも学校での居心地の悪さを感じている。佳織がいてくれることである程度マシにはなったものの、完全にスルーできるというわけでもない。
「うーん、どうしてだろうね? 今更って気もするんだけど」
女子化してから三か月くらいたったか。ホント今更だよな。……とは思うが、そんなに
水泳の授業で判明したからこそ今更俺に注目が集まってるってことか。
……いやちょっと待てよ? ってことは何か。今俺に注目してるやつらは、水泳の授業の時は俺の股間を注視してたってことか?
思わず周囲を見回してみると、一部こっちを見ていたクラスメイトに目を逸らされる。今も見られていることに、背筋を寒いものが駆け巡る。
だがしかし、中には目を逸らさずにじっとこっちを見つめる女子がいる。心の中で頭を抱えていると、視線を逸らさなかった女子がこちらに近づいてくる姿が視界の隅に見えた。以前プールで絡んできた……とまでは言わないが、その片方である
「ねぇ」
「……なんだよ」
かけられた言葉に若干棘のある返事を返してしまう。眉間にしわを寄せられるが、俺の知ったこっちゃない。
「もうひとつ、どうしても聞いておきたいことがあって」
真剣な表情でこちらを見つめてくる様子に、俺は静と思わず顔を見合わせる。特に悪意を感じないし、純粋に疑問があるんだろう。
「あなたって……、本当に五十嵐圭一くん本人なの……?」
おいおい、それって佳織にもぶつけた疑問か? 俺自身が気にしてることをまさか直接聞いてくるとは、デリカシーってもんがねぇのか。
「ちょっと、何言ってるのよ。圭ちゃんは圭ちゃんに決まってるじゃないの」
眉間にしわが寄るのを自覚していると、静が一段低い声で抗議してくれる。
「……」
改めて他人に問われるとなんとも答えられない。記憶の連続性は保ってるが、ただそれだけだ。自分が自分である証明なんてできるはずがない……。
昼寝をしてたら女になっていたなんて、誰も信じないしな。昼寝する前と後の人間が同じ人物だなんてどうやって証明を……。んん? ……昼寝した前後?
以前の自分と今の自分が同じ人物だなんて、そもそもどうやって証明するんだ? 見た目が一緒だったらそれでOKなのか? そっくりさんって可能性はあるだろう。っていうか人間は日々成長するもんだ。身体だって厳密にいえば一晩で変わるんじゃねぇのか? 身長だって数ミリ伸びるだろうし、体重も変わるはずだ。
肉体は遺伝子でも調べればいいかもしれないが、精神的なものは?
そこまで考えれば、屁理屈だろうがなんとなく何かがストンと胸に落ちたような気がする。
「まぁ、自分の記憶と佳織の記憶は一致するし、俺は五十嵐圭一で間違いないんじゃねぇかな?」
「……本当に?」
「……念押しされても証明なんてできねぇし。逆に聞くけど、今日の峯島は昨日の峯島と同一人物なのか?」
「――はぁ?」
何を当たり前のことを言ってんだ、みたいな顔されても困る。こっちからしたら同じこと聞かれてるんだぞ。
「えーっと、明らかに性別まで変わってるわよね?」
「それはたまたま変化が大きかったってことで。人間だって成長するんだし、一晩でも多少変化はあるだろ」
「それはちょっと無理があるんじゃないかしら?」
「あー、変化の大小はそっちが言い出したことだ。俺が言いたいのは、昨日の自分と今日の自分が同一人物だって証明できるのかってだけだ」
「それは……」
「どこまで何が同じだったら同一人物って言えるんだろうな? 少なくとも俺自身の記憶は連続して続いてるから、見た目が変わったからといって自分は自分のままと思ってるよ」
肩をすくめて二人にそう告げる。
「それとも別人のほうがよかったのか?」
「……そういうわけじゃないけど」
「というわけで、俺は五十嵐圭一なのかと聞かれれば、その通りだと答えるしかない」
「そう……。わかったわ」
何やら思案していたようだが、どこか落としどころでも見つけたんだろうか。微妙に納得してなさそうながらも、それ以上何を言ってくることもなく自分の席へと帰っていった。
「はぁ……」
「……圭一!」
大きくため息をついていると、いつの間に来てたのか佳織が感極まった表情で俺の両肩を掴んでくる。
「な、なんだよ」
「大丈夫だった?」
会話を聞いていたんだろうか、佳織が心配そうに伺ってくる。
「あ、あぁ……、大丈夫。むしろいいきっかけになったというか……」
「なによそれ」
俺の言葉に苦笑する佳織。
「あはは、よかったじゃないの」
静は何か微笑ましいものを見るかのような微笑を浮かべている。
結局、俺は俺でしかないってことなんだよな。
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