第77話 圭一は圭一

 プールの授業そのものは何事も起こらずに普通に終わった。特に泳ぎづらいということもなく、むしろ浮きやすいんじゃないかと思ったほどだ。男子より女子の方が体脂肪率が高いからかもしれない。


「はぁ……、つかれた……」


 特に何も起こりはしなかったんだが、正直すげー疲れた。なんというか視線が集まること集まること。女子だけからだと思ったが、反対側のプールサイドで授業をしていた男子からも視線が多かった。


「あはは……、あれだけ視線が集中したらねぇ」


 隣に座る静からも苦笑いが漏れている。

 理由が理由だけにそこはしょうがないと自分でも思っている。でも視線が集まるだけであんなに疲れるもんだとは思わなかった。


「圭一!」


 机に突っ伏していると、何やら佳織が不機嫌そうに声を掛けてきた。


「んん?」


 何かやらかした記憶はないんだが、なんなんだ。

 顔だけ机から上げて前方へと向けると、むぎゅっと両手でほっぺを挟まれる。


「なにふんだよ」


 机と同じ目線になるように屈むと、じっと俺の顔を見つめてくる。何やら真剣に見つめてくる佳織の瞳が、若干潤んでいるようにも見える。


「……何でもないわよ」


 じゃあさっさと手を放してくれませんかね。


「ちょっと佳織……、やっぱりあの時何かあったんじゃ……」


 ジトっとした視線と共に放せと言おうとしたところで、横から静の言葉が飛んできた。あの時って何だ? 俺には心当たりもさっぱりないってことは、俺がいないとき? プールの授業の時は普通だったし、もしかして終わったあと女子更衣室で何かあったのかな。


「圭一、ちょっと立ってくれる?」


 言葉と共に俺の顔を持ち上げて立ち上がらせると、くるっと回って俺と佳織の立ち位置を入れ替える。ちょうど俺の背中が教室の真ん中に向く形だ。


「な、なんだよ……」


 よくわからずに戸惑っていると、気が付けば佳織に抱きしめられていた。佳織の肩越しに見える範囲には祐平の姿が見える。なんとなく目で問いかけてみると、肩をすくめられただけだ。


「大丈夫。……あとで教えてあげるから」


 耳元で佳織にそう言われれば、今すぐ詳しく教えてというわけにもいかない。


「あー、うん。わかった」


 なんとなく俺も佳織の背中に手を回して佳織成分を堪能する。なんだかんだ言って女子の体は柔らかいのだ。とりあえずそのまま佳織の背中をポンポンと軽く叩いておいた。




「あぁもう! 何回思い出しても腹立つ!」


 そして放課後。いつものモールでスイーツつついていたとき、佳織の機嫌が爆発していた。


「まぁまぁ、落ち着けよ佳織」


「落ち着けるわけないでしょ!」


 三人で佳織を宥めにかかるもほとんど効果がない。


「いったい何を言われたのよ」


 静がいい加減聞き飽きたとばかりにあきれ顔になっている。


「もう……、何があったんですか?」


 千亜季は心配そうにしているが、それでもちょっとため息が混じってきた感じだ。


「だって……、あいつら圭一のこと気持ち悪いって言うのよ!?」


 悔しそうにこぶしを握りながら力説する佳織。


「なんですって」


「はい?」


 その言葉に二人とも表情が固まってしまう。何か一気に空気が凍り付いたような気がするんだがなんだろな。

 とはいえなんとなく何を言われたのかが想像ついた。


「ねぇ圭一」


「うん?」


「生理が来たこと話しちゃったんでしょうけど、もう誰にも言っちゃダメよ」


「あー、うん。わかった」


 性転換手術だと生理までくるはずないのに、元男に生理が来てしまったところが気持ち悪いとかそういうことだろうか。

 実際に佳織に詳細を聞いてみたらだいたい想像通りだった。


 プールが終わって更衣室で着替え終わったところで、藤坂ふじさか峯島みねしまに声を掛けられたらしい。そこで俺のことを聞かれたそうだが、俺と交流を持ってて大丈夫かと心配されたらしい。俺は本当に五十嵐圭一なのかって。


「何よそれ。まったくもって余計なお世話じゃないの」


「そうですよ。圭ちゃんは圭ちゃんに決まってるじゃないですか」


 佳織一人だけだったはずが、静と千亜季まで機嫌が悪くなってきている。


「三人とも落ち着けって。……まぁ俺のことで怒ってくれてるってことは嬉しく思うけどな」


「でも……!」


「だから落ち着けって」


 尚も前のめりで迫る三人に、食べていたプリンアラモードをスプーンですくって順番にあーんして食べさせてやる。


「ちょっと落ち着いた……」


 佳織は無言で頬を染めて俯き、静と千亜季は言葉通り落ち着いたっぽい。


「だいたいだな、すべての人に受け入れてもらえるはずがないんだよ。誰だって嫌いなヤツとか、自分と合わないヤツっているもんだろ?」


 それが俺みたいに特殊な人間だと、より顕著だろう。


「……それはそうだけど」


「だからそういうヤツの言うことは気にしなくてもいい」


「うーん」


 だけどやっぱりというか納得はできていないようだ。


「あたしは無理かな。少なくとも、圭一を否定するようなことは無視できないから」


「それは同感ね」


「私も」


「あはは、そっか……。そうだよな。……うん、ありがとう」


 どうやら決意は固いようだ。そりゃ自分の前で友達を否定されたら反発もするか。同じことやられたとして、自分もきっと黙っていられないだろう。

 こいつら三人と友達でよかったと今日ほど思うことはなかった。

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