第76話 水着だとよくわかるようです

「とうとうこの時が来てしまったか」


「何をしみじみしてるのよ……」


 神妙な表情で呟いていると、次の体育のプールセットを持った佳織から呆れの声が聞こえてきた。持ち物からわかる通り、今日は体育の授業で初めてとなる水泳の授業がある日だ。


「ほら、早く行かないと遅刻するよ」


 静に急かされて、俺もプールセットを持って体育館にある更衣室へと向かう。いつもの通り俺は一人だけ教員用更衣室だ。ここでためらっていても遅刻するだけなので、ちゃっちゃと着替えて体育館横にあるプールへと向かう。水泳キャップとゴーグルを手に取って、ちょっと大きめのバスタオルを背中にかけていざ出陣。


 俺たちが通う高校のプールは、二十五メートルが八コースある広さになっている。

 男女で同じプールを使うが、集合場所はそれぞれプールを挟んだ反対側だ。

 さすがに水着姿を晒すということもあって、ムダ毛処理は完ぺきである。


 女子が集まっているプールサイドへと歩いていると、さすがにいつもより視線が自分に集中しているように感じる。初めて体育の授業に参加したときのような感じか。

 その中でも眉間にしわを寄せながら俺を観察していた女子が二人、俺の方へと近づいてきた。見覚えがあるから同じクラスの女子か。確か藤坂ふじさか峯島みねしまだったかな。下の名前までは憶えていない。


「五十嵐……さん」


 二人のうち、身長が低い方の藤坂ふじさかが第一声を上げる。


「なに……?」


 今まで接触はなかったが、男から女に変わってしまった俺に忌避感を持つグループだろう。あんまりいい予感はしない。


「その、ちょっと確認したいことがあるんだけどいいかしら?」


「答えられることならいいけど……」


「そんなに大したことじゃないんだけど……。肩にかけてるバスタオル取ってくれないかしら」


 もう一人の峯島みねしまがそう告げてくるが、いったいバスタオルを取って何を確認したいんだろうか。


「はぁ、別にいいけど……」


 それくらいなら別に何ともない。肩から掛けているバスタオルを右手に持って自身の水着姿を晒す。プールサイドに集まっている生徒はほとんどがバスタオルを羽織っているが、どうせ授業が始まれば一緒だ。


 バスタオルを取ると同時に、二人の視線が下がる。あー、うん……。なんとなく何が確認したいのか分かった気がする。


「……ついてない、のかしらね」


「そうね……」


 小さい声で囁きあうセリフが聞こえてきた。

 なんとなく察した俺は、胸を張ってぴっちり閉じていた足を肩幅くらいに広げて休めの姿勢を取る。普段の体育だとハーフパンツなのでわからなかったんだろう。水着なら股間のもっこり具合はよく見えるはずだ。

 自分で言っててちょっと恥ずかしくなるが、現状としては休めの姿勢で立ってるだけなので問題ない。


「これでいいかな」


「あ、うん……」


「本当に女の子、なんだね」


 ついてないだけで判断するのはどうかと思うが、納得はしてくれたんだろうか。いつかの滝本の時のように、剥かれることがないなら何も問題はない。


「生理も何回かきてるしなぁ」


「えっ?」


「……それホント?」


 二人とも目を見開いて前のめりになっている。いやホント、ただたんに息子がいなくなっただけじゃないんだよなぁ。


「詳しくは佳織に聞いてくれ。生理きたとき相談に乗ってもらってるし」


 だが今ここで証明ができるもんでもない。俺本人の証言で信じられないなら、第三者に聞いてもらうしかないということで佳織も巻き込む。


「ちょっと信じられないけど……、わかったわ……」


 胡散臭い眼で見られたがこればっかりはしょうがない。微妙な表情のまま引き下がり、そのまま二人は少し離れたところにいる二人グループへと合流していった。

 ひそひそと会話が繰り広げられているのがわかるが、具体的な内容までは聞こえてこない。


「どうしたの? 何か言われたの?」


 佳織たちのところに合流すると、心配そうに声をかけられる。特に何をされたというわけでもないのは見ていてわかっただろうけど、やりとりまでは聞こえなかったか。


「いや別に、水着姿見せてって言われただけかな」


「そうなんだ……。なんなんだろうね」


「うふふ、わからなくはないけどねー」


 首をひねる佳織に、美智瑠みちるが割り込んでくる。俺が女子体育のグループに入ったことで、背の順が二番目になっただ。


「そうそう。水着なんてまたとないチャンスじゃない?」


 訳知り顔で入ってくる真心まこの言葉にはピンとこないようで、反対側へと首をかしげる佳織。


「だって、五十嵐さんはずっと更衣室が別だったから、確認のしようがなかったじゃない」


「えーっと」


「そうそう。水着だったらついてる・・・・のかどうか、一目瞭然だよね」


「……ついてる?」


 ポカンとした表情で、何のことかさっぱりわかってない様子を見せる佳織。うむ、ここははっきりと言ってやるしかないようだな。


「いやだから、俺にち○こがついてるかどうか確認したかったんだろ」


「……え」


 理解した瞬間、だんだんと顔が赤くなってくる佳織。


「って……、そ、そんなもの……、圭一についてるわけないじゃないの!?」


 そんなもので悪かったな。

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