第75話 結局男子は一人?

「うわぉ……」


「マジか……」


「「「可愛い……!」」」


 まさかここまで女装が似合うとは思ってなかったが、ここまでとは思わなかった。これはマジで女子にしか見えないし、「男かも?」という疑問も出そうにない。女子三人組の黄色い声が被ったのも納得できる。

 祐平もさすがにここまでとは思ってなかったようで、口を半開きにして絶句している。


「えーっと、ありがとう?」


「ははっ」


 俺もそうだったからよくわかるが、男というものは『可愛い』という言葉をかけられることがほとんどない。拓也の疑問形になった『ありがとう』にすごく共感してしまって笑いが漏れる。


 首元にワンポイントでレースとリボンの飾りのついた白い半袖ブラウスに、淡いグリーンのひざ下フレアスカートといったいで立ちだ。もうどこからどう見ても女子である。

 拓也もどこか吹っ切れたのか、表情から険が取れてますますもって女子っぽい。


「なんか急にノリノリになったなオイ……」


 額を押さえながら祐平が呟いているが、まったくもって同感だ。抑圧された感情が爆発した感じなんだろうか。

 自分も背中を押しておいてなんだが、これでよかったんだろうか。……まぁ考えてもわからんし、本人が楽しそうだからいいか。


 女子三人組とあれこれ言いながら試着を続けること三十分ほど。最初に試着した服をもう一度試着しながら、拓也が店内の鏡の前で唸っている。


「売り物の服着たまま試着室から出てくるのはダメなんじゃねえか……?」


「ツッコむところそこ?」


 俺の呟きにすかさず佳織があいの手を入れてくる。

 少し遠巻きに二人で拓也を観察していると、千亜季が拓也へと声をかけている。


「そんなに気に入ったの?」


「えーっと……、はい……。正直言うと、本当は最初から自分にも似合うんじゃないかと思ってたんですよ」


「そうなんだ。でも最初は渋ってたように見えたけど」


「あはは。……中学の時に女装の話になったことがあって、オレが一回してみたいって言ったら、友達に『キモイ』って言われたことがあって」


「あー、なるほど」


「似合ってると言われても最初は信じられなくて」


「あはは……。でも大丈夫。拓也くんちゃんと似合ってて可愛いから、自信もっていいよ」


 苦笑いする拓也にいい笑顔で千亜季が断言する。


「むしろ男物の服着てるほうが違和感あるくらいだもんな」


「あたしはそこまでは思わないけど……」


 俺の言葉に佳織が何とも言えない表情になっている。


「……たまたま誘った拓也がここまで開き直るとは思わなかったが」


 祐平はどこか遠い眼になっている。親友に女装趣味があったことは知ってたんだろうか。知らなかったとしても、そんなことで友達を止めるようなヤツじゃないとは思うが、衝撃的な事実だったことは間違いない。


「あ、そうだ……。この服このまま着ていっても大丈夫かな……」


「えっ?」


 唐突な拓也の言葉に千亜季が目を丸くする。そのまま出ていくってことは、女物の服をご購入決定ですか。てっきり試着で満足するかと思ってたが、そこまでだったとは。


「いやいや、それはちょっとどうかと思うが……」


「別にいいんじゃないの?」


 祐平は否定的だが、俺も含めて女子組からは特に否定意見は出てこない。


「ダメなの?」


「うっ……」


 悲しそうな表情で祐平に訴えかける拓也。小柄な体格も相まって、その服装でその仕草はそれなりに破壊力がある。


「ダメっつうわけでもないが……、それをされるとなぁ……」


 頬を掻きながら苦笑いで答えているが、何がダメなんだろうか。別に服装くらい外野がどうこう言うもんじゃないとも思うが。


「祐平はオレの服、似合ってないと思ってる?」


「いやそんなことはない。むしろ予想外に似合っててアレだ。……そうアレだ」


 即否定するあたり、本心で似合ってるとは思ってるんだろう。しかしアレが何なのかよくわからんが、とりあえず焦ってることだけはわかる。


「だったら何がダメなんだよ」


 尚も言い募る拓也にとうとう祐平が折れたようだ。


「お前を誘った理由を考えればわかるだろ」


「……へっ?」


 がくりと項垂れるようにして吐き出した言葉に、拓也はまだピンと来ていないようだ。


「男一人だけなのが嫌だからお前を誘ったのに、結局周りから男一人に見られるじゃねぇか!?」


 そんな様子の拓也に、とうとう我慢ならんと言った勢いで叫びだす祐平。


「挙句に女装って……、男が一人どころか女が増えて見えるってことだろ!」


 こぶしを握り込んで高らかに宣言し、同意を求めてくるがそれはちょっと賛同しかねるな。


「何言ってんだ祐平」


「はぁっ!?」


 まったくわかってないなコイツは。


「最初から男はお前一人にしか見られてないから変わらないって」


「……はい?」


「俺たち全員、初対面で拓也を女に間違えたし」


「そうそう。フードコートでお昼食べたときもネタになったけど、今更だよね」


 俺の言葉に次々と頷く女子組のみんなである。


「うん。だからいいと思うよ」


「ホントに?」


 俺たち四人の後押しの言葉で、沈んでいた表情が明るくなる拓也。


「……ありがとう!」


 拓也はそのまま嬉しそうに店員さんへと声を掛けにいってしまう。その後ろ姿を愕然とした表情で見送る祐平の背中を、俺はポンポンと叩く。


「はっはっは、まあ諦めるんだな」


「はぁ……、そんな気はしてたけど……、解せぬ」


 そして大きくため息をつく祐平であった。

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