第64話 藪をつついて蛇が出た

「それにしても秀才くんをどうするかだな……」


 放課後になったところで、ようやく話を戻すことにする。別に放置していても問題ないっちゃ問題ないんだが、なんとなくもやもやするというかなんというか。最近現れていないが、虎鉄というヘンタイもいることだし真偽を確かめておきたい。


「結局目的がわからなかったからね」


「うーん……。ここは俺から接触するのもありか?」


「……どう声をかけるつもりなの?」


「そりゃあれだ、従兄弟いとこの圭一に何か用って」


「従兄弟」


 なぜか俺の言葉を繰り返す静。


「あはは! むしろ本人だけど」


「ちょ、ちょっと……、従兄弟はまずいんじゃないの」


 なぜか佳織が狼狽えているが何がまずいんだろうか。佳織の両親には従兄弟で通ってるし、問題ないと思うんだが。


「……か、確実に住所とか聞かれるんじゃないの」


 胡乱な目を向けていると、若干目を逸らしながら理由を追加してくる。


「そこはほら、個人情報がどうたらこうたらで教えないから大丈夫だ」


 少なくとも俺本人が、知らない相手に自分の情報を教えてやる義理はない。


「うーん。まぁ強引な相手じゃなさそうだったし、大丈夫かな」


「それでも圭ちゃんはこの中で一番ちっちゃいし、力もないからね」


「うん。それだけは心配かなぁ」


 楽観した俺の発言に、静と千亜季の言葉がかぶせられた。心配してくれるのはうれしいが、それでも俺自身もやっとしたまま過ごすのはなんか嫌なんだよね。

 ってかちっちゃい言うな。確かにちっちゃいけども。


「まぁそういうわけだから、今日は帰ろうか」


 これ以上引き留められても面倒なので、話を切り上げるようにして席を立つ。とっくにホームルームは終わっていて、もう教室には俺たちしかいない。


「あ、ちょっと待ってよ」


 そのまま三人を引き連れるようにして昇降口へと向かうと、靴に履き替えて校門へと向かう。そして学校の敷地を出ようかとしたその時。


「待ってたよ」


 くだんの人物から声が掛けられた。秀才くん――北倉きたくらあきらである。


「えっ」


 思わず佳織を振り返るが、当の本人も当惑顔だ。首を左右に振ってるし、待ち合わせしてたわけではなさそうだ。でもそれはそれでちょうどいいかもしれない。


「ちょうどよかった。私もあなたに聞きたいことがあったんだ」


 佳織の前に出るようにして北倉晶へ問いかける。


「……えっ?」


 戸惑いを見せる北倉に、畳みかけるようにして言葉を重ねていく。


「五十嵐圭一について詳しく聞いてるみたいだけど、どうしてなの?」


「えーっと……、キミには関係ないと思うんだけど」


「関係なくはないよ」


 両腕を腰に当てて胸を張ると、北倉の言葉を一蹴するように言葉を続ける。


「だって五十嵐圭一は私の従兄弟だから」


「へっ?」


 呆ける北倉から主導権を確実に握るためにも、ビシッと右手の人差し指を突きつけて宣言する。


「だから五十嵐圭一にこだわる理由を教えなさい!」


「「おぉっ」」


 後ろから静と千亜季の感嘆の声が聞こえてくるが無視する。


「ぼ、僕は……」


 一歩後ずさる北倉の顔がみるみる青くなっていく。


「五十嵐くんのことが……」


 ぽつぽつと言葉を発するが、いまいち文章になっていなくてよくわからない。しかし何かに気が付いたのか、勢いよく足を踏み出すとこちらに近づいてきて。


「おわっ!?」


 突き付けていた俺の右手をがっしりと握り込んできた。


「い、五十嵐くんの従兄弟!? ねぇ、彼は今どこにいるの!?」


「えっ、いや……、ちょっ!」


 なんでこの人俺の右手を握ってるわけ!? いやちょっと待って! どうなってんのこれ!?


「あ……、ごめん……」


 慌てて振りほどくと北倉も正気に戻ったのか、若干赤くなった頬をポリポリと掻いている。足元に落とした視線をこちらにチラチラと向けて気まずそうだ。


「い……いくらなんでも従兄弟の住所は個人情報だから教えられないね……」


 右手を左手でさすりながら北倉を睨みつける。

 しかし焦ったな……。まさか掴みかかられるとは思わなかった。ちょっとこれは心臓に悪いな……。主導権を握るつもりが失敗した気がしないでもない。


「そ、そうだよね……。ちょっと五十嵐くんのことが……、その、気になって……」


「それって五十嵐圭一のことが好きってこと?」


 それまで見守っていたと思われる静が、ストレートに割り込んできた。


「え? ……いやいや、そんな……、でも……」


 思ってもないことを言われたからか、百面相をしながら自問自答する北倉。しばらくすると、何故かすっきりした表情で俺に視線を向けてきた。


「うん……。好き、だったのかもしれない」


「「きゃー!」」


 後ろで黄色い声が上がるが、それよりもちょっと北倉の様子がおかしいような。やっぱり男の俺のことが好きだったのか。ってか過去形になってるのはなんでだろうな。それに、俺に向ける視線に熱がこもってる気がするのもいただけない。なんか嫌な予感がするぞ。


「でも、つい今しがた、他に気になる人ができたかも」


「えっ」


 まっすぐに見つめてくる北倉の瞳を見返すと、じわじわと大きくなってきていた不安が的中したことを確信する。これは墓穴を掘ったかもしれない。

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