第63話 ペット枠はどっちだ?

 なんとか誤魔化せたか。

 顔を真っ赤にする佳織を前にして、心の中で額の汗をぬぐう。


「あははは、やっぱり佳織だねぇ」


「圭ちゃんはうまく躱すよね」


 一仕事終えた俺は、反応しなくなった佳織の手をそっと放す。ツッコミを入れてくる二人もスルーして、お昼に買ってきたパンを開封してかぶりつく。最近お気に入りのグラタンコロッケパンだ。小麦粉だけとは言わせないようにタルタルソースが入っていて美味いのだ。


「け……、圭一……、あたしがいないとダメだなんて……」


 何やらモジモジしだす佳織だが、いつもと違う反応をされるとなんか気持ち悪い。これはちょっと早めに正気に戻した方がいいかもしれない。


「まぁとりあえず弁当食おうぜ」


 持参している弁当なのでこれ以上冷めはしないが、今度は食う時間がなくなる。佳織の前に置かれた弁当を勝手にほどいて蓋を開けると、箸も勝手に取り出す。目についたミートボールをつかみ取ると、そのまま佳織の口へと持っていく。


「ほれ」


「え、あ……」


 勢いに負けたのかそのままミートボールを口に入れて咀嚼する。何か言いたそうにこっちを睨んでくるが、口に物を入れたまましゃべるわけにはいかないのか黙々と口を動かしている。


「ちょっと……! 圭一何やってんのよっ!?」


 ようやくミートボールを飲み込むと、箸をひったくるように奪ってツッコミと共に俺へと突き付ける。


「あー、わたしもー」


 ずるいとばかりに静も箸で卵焼きをつまむと、それは俺に向けられた。何かどっかで見た風景だな。前はパフェ食ったときにやったんだったか?


「お、美味い」


 躊躇なく卵焼きを口に入れると、今度は千亜季がウインナーを差し出してきた。


「こっちも美味い」


「なんでそうなるのよ!?」


 ひたすら憤慨する佳織だが、どうやら二人もからかい方をわかってきたようである。


「早く食わないと昼休み終わるぞ?」


「え? あっ……」


 時計を指さすと、慌てるようにして箸を引っ込めて弁当へと向かう。小さいおにぎりを箸でつかむと、少しの間があってから今度は俺に差し出してきた。

 うむ、よくわからんが卵焼きとウインナー食ったときはご飯が欲しいと思ったところだ。もう口の中には残ってないが、ご飯だけ食わないという選択肢はない。


「おにぎりも美味ぇ」


 躊躇なくかぶりつくが、さすがに一口では食えない。


「「おぉー……」」


 なぜか感心する静と千亜季。


「くっ……!」


 佳織は箸を引っ込めると、俺にかじられて半分残ったおにぎりを悔しそうに見つめている。次第に表情が真面目になってくるが、相変わらず視線はおにぎりに注がれたままだ。そして――残ったおにぎりをぱくりと口の中に入れると、満足そうに咀嚼する。


「「おおおぉぉー」」


「いやだから何なんだよ」


 さっきよりも大きい声に思わず言葉が漏れる。

 二つ目のパンの袋を開けつつ考えるが、確かにいつもの佳織とは違う反応なのかもしれない。……それならば。


 袋から開けた焼きそばパンを佳織の口元へと持っていく。

 睨まれるかと思ったが、なぜか嬉しそうに俺が差し出した焼きそばパンをかじる佳織。これはもしかするとあれなのか。


「……とうとう佳織の餌付けに成功したか?」


「なんでよっ!?」


 俺の予想に、最速でツッコミが返ってきた。


「なんだ、違ったか」


「当たり前じゃないの! あたしをなんだと思ってるのよ!?」


 佳織の言葉に本人の顔をまじまじと眺めながら思わず考え込んでしまう。幼馴染というありきたりな答えは置いておくとしよう。

 まぁなんというか、からかうと面白い生き物ではあるな。ずっと見つめてるとちょっと赤くなって視線を逸らす仕草も可愛いと思う。


 ……うん? 可愛い?


 佳織を可愛いと感じるなんてどうかしてると思ったが、いったん落ち着こうか。まだあわてるような時間じゃない。自分も女になったからか、人や物を見る目が変わったとは思う。客観的に見たとしても、佳織が可愛いというのはそう間違っていないかもしれない。


 ……うん。佳織は可愛い。ずっとただの幼馴染としか見ていなかったが、最近可愛いと感じることが増えたのは確かだ。ちょっと釈然としないところがないでもないが、認めてもいいかもしれない。だがしかし、餌付けが可能とくれば……、その立ち位置はこれしかあるまい。


「な……、何よ……」


 逸らした視線を戻しつつ、何も答えない俺にしびれを切らしたのか伺うように上目遣いを入れてくるが……。

 わかっててやってるのだろうか。なかなかにあざといやつではないか。となればそれ相応の対応をしてやらねば。


 そっと手を伸ばして頭の上に手を乗せると、そのままよしよしとばかりに頭をなでる。


「まさかペット枠に収まるとは思わなかったぞ」


 言葉が耳に入ったと同時に、ぷるぷると震えながら微妙に赤かった顔が真っ赤になる。


「あ……、あたしより小さくなったアンタに言われたくないわよ!」


 勢いよく立ち上がって箸を突きつけると、なおもまくしたてる。


「圭一こそあたしたち三人に餌付けされてたくせに!」


「あはははは!」


 ぜーはーと肩で息をする佳織を見て爆笑する静。


「おぉ、確かに」


 千亜季は何やら納得している。俺の方がペットっぽいとでもいうのか。解せぬ。

 しかしこのまま騒がしいのもよろしくないな。


「どーどー、落ち着けよ佳織」


 いつもより面白く荒ぶる佳織を宥めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る