第62話 え、そっち?
「で、どうだったの、千亜季?」
「うーん……」
昼休みに入ってお昼ご飯の時間になると、いつものように三人が俺の席の周りに集まってきた。そこで開口一番に静から出たセリフがこれだ。
佳織のことを信頼する素振りは気のせいだったのか。千亜季へ話を振ったのは、まだ佳織はすぐに話してくれないと思ったからだろうか。
しかし話しかけられた千亜季の様子も芳しくない。伺うように佳織へ同意を求める視線を向けている。
「圭一」
すると覚悟を決めたのか、キリっとした表情で俺に顔を向けると、佳織がその重い口を開けた。
「直接害はなさそうだったから黙ってようかと思ったけど……、やっぱり伝えておくわね」
「……害?」
なんかすげーシリアスな雰囲気になっていて、誰も弁当に手を付けようとしていない。俺も思わず購買部で買ってきたパンには手を付けずに、佳織の言葉を待つことにする。
ってか害ってなんだよ。あの秀才くんはやべー奴だったのか? ……の割には佳織は普通に接してたような気がするが。
「あたしに話があると思ってたんだけど、圭一のことばっかり聞いてくるのよね……」
何やらうんざりした様子を見せる佳織。俺のことばっかり聞いてくるって……、そういえば最初に購買部であんぱんを取り合ったときに、男の俺がどうなったか聞かれたな。あのときは『引っ越した』で濁したが……。
「あ、もちろん今の圭一のことは言ってないわよ」
「そ、そうか」
佳織の言葉にひとまずは安心する。
「そうなの?」
だけど静には疑問だったらしい。まぁこのクラスの人間はだいたい知ってるし、隠すことでもないと思ってるんだろう。以前俺が購買部であんぱんを取り合ったときの話をすると、納得してくれた。
「バレるのは時間の問題かもしれないが、一応今後も引っ越したということで……」
「それがいいわね……」
「わかった」
静と千亜季も頷いてくれる。少なくとも俺たちから洩れることはないはずだ。……たぶん。
「で、何で俺のこと聞いてきたんだ?」
特に接点も思いつかないので、佳織に聞くしかない。なんで秀才くんは俺のことが気になるのか。行方不明になった人物を探偵よろしく探しているようでもないし。
「それが、よくわからないのよね……」
「よくわからない?」
佳織の言葉を反復するも、余計に疑問が深まるだけだ。
「今の圭一のことを話すと面倒なことになりそうだから深く聞けなかったけど、どうにか確認できたのは男の圭一のことが知りたいっぽいのよね」
「はぁ……」
女になったことを知らないわけだからして、俺のことと言えば男なんだから当たり前と思ったが、佳織の言い方にちょっと引っかかりを感じる。
「住所とかは親戚の家で詳しく知らないって答えておいたけど、引っ越す前に撮った写真があったら見せてちょうだいって言われたときはちょっと意味がわからなくて……」
いやマジですか。俺の写真が見たいとかちょっとあれだな……。それだけ聞くとあんまりお近づきになりたくない系に感じてしまう。
「女の子になった今なら大丈夫かなと思ったけど、やっぱり知っておいたほうがいいかなと思って……。ごめんね」
佳織とは思えないしおらしい態度で謝られてもなんか調子が狂う。いや秀才くんに調子が狂わされてるのか。
「いやいや、でもそれだけじゃ安心できないんじゃねーの?」
男が好きというBLな展開がちらりと頭をかすめるが、今は女だし一安心だ。だがそうじゃなかったらどうするんだって話だ。
「あ、そういえばそうね……。変に気を回しすぎたかしら……」
BLという直接的な言葉を回避してそれとなく佳織に伝えると、深刻な表情で考え込んでいる。
一方、静と千亜季が残念そうな表情に見えるのは気のせいだろうか。
「なんだよ……」
「えーっと、別に北倉くんと圭一くんの絡みが見たかったとか、そういうのじゃないから」
思わず聞いてみたら欲望丸出しの回答が静から返ってきた。
「あ、そう……」
もはやツッコむ気も起きない。藪をつついて蛇が出てきそうだ。
「それよりも圭ちゃんのほうが面白かったよね」
「ねー」
またもや静と千亜季がよくわからない同調をしている。俺の方が面白いって何がだ。
「佳織にちょっと振られたときのあの反応……」
「えっ……?」
何やら考え込んでいた佳織が、名前を呼ばれたからか反応する。
「いやちょっと待て」
制止しようとするが『ぷくくく』と笑いだす静は止まらない。
「ちょっと聞いてよ佳お――もがもが」
「そうそう。佳織ちゃんがすぐ帰ったあとね、圭ちゃんの心ここにあらずみたいな感じになってね」
勢いよく静の口をふさぐが、千亜季が後を引き継いでしゃべりだす。
うぬぅ……、二人で来られるとこれは防ぐ手立てがないのではないか。口だけで制止しても止まりそうにない。こうなれば最終手段は……。
「えぇぇ……?」
何か信じられないものを見るかのように俺を伺う佳織。俺はそっと静から手を放して堂々と胸を張る。
「いやマジで佳織に嫌われたのかと思って焦ったね」
逆に開き直って、佳織をからかう方向でいこう。
「へっ?」
不意を突かれたように呆ける佳織に、さらに言葉を畳み込む。
「俺って、佳織がいないともう生きていけないから」
大げさではあるが俺自身も嘘を言っているつもりはない。静や千亜季も含めて、女になった俺によくしてくれる佳織がいなけりゃどうなっていたかわからないのだ。そこは感謝しているつもりだ。
……まぁそれは置いといて。
おろおろと彷徨う佳織の手を取り、まっすぐに見つめ。
「戻ってきてくれてうれしいよ」
優しそうに見えそうな表情を心がけて、佳織へと笑顔を向けると。
「あ、あわわわ……」
一瞬にして顔を真っ赤にした佳織が出来上がった。
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