第61話 幼馴染への信頼
「おーい、圭ちゃん?」
ぶんぶんと目の前で静が手を振るのが見える。その向こう側に見えるのは、昇降口の裏の景色だ。
ゆっくりと振り返ると佳織が帰っていった昇降口が見える。ちょっとだけ期待していたが、そこに佳織の姿はもうない。言葉通り帰ったようだ。
「圭ちゃーん」
「うおっ!」
視線をもとの位置へと戻すと、今度は千亜季の顔がドアップで視界に入ってきた。
「な、なんだよ……」
「それはこっちのセリフだよ」
思わず後ずさって言葉を返すが、続けて返された言葉に反論ができない。そういえば静にも声をかけられてた気がする。
「ほほぅ……、佳織に振られたのが相当ショックのようね……」
神妙な顔つきで告げる静ではあるが、ちょっとその言葉は意味がわかりませんね。
「なんで振られたことになってんだよ……」
「それにしても、何があったんだろうね?」
俺の言葉をスルーした千亜季も、よくわからないようで首をひねっている。
「よっぽど圭ちゃんには聞かせられないことかな?」
「いやいや……、俺とは限らないだろ。この場には静と千亜季もいるんだし……」
「まぁ、他人に聞かれたくない話だったらそうかもねぇ」
本人のいない場で三人であれこれ考えるも答えなんて出るはずもない。
「……とりあえず帰るか」
「そうね」
「うん」
満場一致で今日は帰ることに決定した。とはいえさすがにどこかに三人で寄り道する気も起きないので、今回はそのまま家に直行だ。
電車に揺られて自宅へと帰りつき、ベッドへと寝転がる。家に入る前にちらりと佳織の家がある方向を見てみたが、代わり映えのないいつもの景色が広がるだけだった。
にしてもいったい何を言われたんだろうか。単純に佳織が告白されたというわけでもなさそうだ。もしかして俺のことを何か言われたとか? いやそれならそれで俺に教えてくれてもいいような気がするが。
……まさか何か弱みを握られてるとか?
「うーん……」
初対面っぽかったし、それも可能性は低いかな。
天井のシミを数えながら両腕を頭の下に敷いて考え込む。まさか俺みたいに性別変わった人間を知ってると言われたとか……。いやいや、それこそ俺に知らせること第一位の大事件じゃねぇか? まぁそんな例が他にあるとも思えんが。
……ってかいろいろ考えてたらイライラいしてきたぞ。なんで俺ばっかり佳織の心配せにゃならんのだ。
ポケットからスマホを取り出して佳織の連絡先を開いてみる。電話して聞けば早いかと思ったけど、それはそれで佳織に負けた気分になる。
「うぬぅ……」
そして悶々とした気分になりながら今日という日を終え、翌日。
珍しく通学中に佳織と会うこともなく学校へとたどり着いた。
「おはよう」
「おはよう。今日は一緒じゃないんだ?」
隣の席に座る静からの返事に、佳織がいるであろう前方の席へと視線を向ける。
「……ふん」
どうやら先に学校に来ていたようだ。千亜季と話をするその姿を改めて見てたら、またイラっときてしまう。
「なんだなんだ、喧嘩でもしてんのか?」
珍しく後ろの席に座る祐平から声がかかる。
「……そういうわけじゃねぇけど」
「昨日あれから何かあったの?」
「いんや、何もなかったよ」
むしろ何もなかったから苛立っているのかもしれない。
「ほー、珍しいこともあるもんだな。普段からずっと一緒にいるから付き合ってんのかと思ったこともあったが」
「はぁ?」
祐平がこれまたよくわからないセリフを吐き出している。幼馴染でもあるし、そりゃ一緒にいる時間が長いことは否定しないが……。
「あははは!」
何が面白かったのか、静にはウケたようだ。
「すごくわかるー」
「最初はそう思ったよな?」
なぜか二人でうんうんと頷きあっているが、さっぱりわからない。幼馴染以外の何者でもないと思うんだが。しかしまぁ、幼馴染なんて周りにそうそう気づかれるもんでもないか。今では割と知られているが、それは過去の話だ。
そんなことよりも。
二つ前の席で佳織と千亜季が何やら小声で話し合っているのが気になってしょうがない。声は聞こえてくるんだが、周りの喧騒も相まって何をしゃべっているのかはわからない。
「まぁまぁ、落ち着けよ圭一」
「そうよ圭ちゃん。佳織はどこかに行ったりしないから」
なぜか二人に宥められるような声をかけられたが解せぬ。そんなに自分は落ち着きがないんだろうか。
「ってか静は何か知ってるのか?」
祐平はともかく、静もその場にいたので当事者だ。もしかしたら解散した後で佳織が何か話してるのかもしれない。
「ううん。わたしも知らないよ」
と思ったんだが、否定の言葉と共に首を左右に振られてしまった。若干の落胆と共に、自分と同じく何も知らないことにちょっと安堵してしまう。
「でも、佳織のことだしあとでちゃんと教えてくれると思うよ」
そして静のその言葉に、さっきまでのイライラが少し減った気がした。
「あー、うん……。それもそうだな」
幼馴染の佳織を信用できていなかったことに気が付いて、静からそっと視線を逸らすのだった。
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