第60話 先帰るね
「ええー、それってもしかして」
「もしかするよねー?」
お互いに顔を合わせて「ねー」と言い合う静と千亜季である。佳織は憮然とした表情で行きたくなさそうにしているが、了承してしまったので今更だろう。
あの秀才くんが佳織に告白でもするんじゃないかと思うが、それをあの佳織が受け入れるなんて想像はできない。そう思えば秀才くんに同情しないでもないかな……というのが俺の感想だ。
「思わず受けちゃったけどどうしよう……」
俺にちらちらと視線を送ってくるが、いったい何を期待してるんだか。
「行ってみればわかるんじゃないの?」
ぶっきらぼうに告げると、佳織の眉のしわが増えていく。
「ちょっと圭一はそれでいいわけ?」
責めるような口調で迫られるがまったくもってわけがわからない。
「いやまぁ、短気ですぐに手を出してくるようには見えなかったし、大丈夫じゃない?」
「……それはそうだけど」
多少心配にはなるが、過保護はよくない。こういうのはほどほどがいいのだ。
たぶん。
「むしろ俺はあの秀才くんに同情するね」
「なんでよ」
訝しげな視線を向けてくる佳織に、ニヤリと笑みを向けると。
「だって、放課後に佳織にボコボコにされるんだろ?」
「なんでそうなるのよっ!?」
「「あっははははは!」」
佳織のツッコミと、静と千亜季の笑い声が重なった。
「まぁまぁ。近くにはいるし、何かあったら駆けつけるから」
そう言って佳織を宥めていると、一時間目が始まるチャイムが鳴った。
とは言ったものの、正直俺だって何も感じていないわけじゃない。若干ではあるが心の中がもやもやするんだがなんだろうな? 今までだったらどうしてただろうか。男の時の自分を思い出してみるが、『佳織に何か用か?』って声をかけていたかもしれない。
今の姿になった現在でも佳織との間に入って声をかける可能性もあったが、最初に男の姿の俺のことを聞かれたのが引っかかっている。
「今となっちゃ見守るしかないわけだが」
「あはは、そんなに佳織が気になるの?」
「佳織ちゃんなら大丈夫って言ってたのに」
なんだかソワソワする俺に、ニヤニヤしている静と目を輝かせる千亜季が後ろから声をかけてきた。
今俺たちがいるのは、放課後の昇降口の裏である。
――そう、佳織が呼び出された場所だ。
「万が一ってこともあるしな」
ああ見えて秀才くんはすぐ手が出るタイプという可能性もある。いくら佳織と言えど、男の腕力には勝てないだろうし。……いやでもあのひょろい秀才くんならあるいは。
「そこまで気になるなら突撃してくればいいのに」
「いやいや、さすがにそれは秀才くんに悪いだろ」
近くで待機しているが、覗いてるわけじゃないし、ここだと会話も聞こえてないしセーフだろ。
などと三人でやりとりしていると、二人のお話が終わったんだろうか。秀才くんが昇降口の裏から出てきてそのまま帰っていくのがちらりと見えた。
三人で裏を覗いていると佳織も遅れて出てきたが、その眉間にはしわが寄っている。
「お帰り。どうだった?」
真っ先に声をかけた静へとゆっくり視線を向けると、「うーん」となんとも歯切れの悪い呟きが聞こえてくる。パッと見た感じは怪我もなさそうなので、万が一がなかったことにひとまず安心だ。
「えーっと……、悪い人ではなさそうだったよ……?」
「それからそれから?」
千亜季は急かさんばかりに両手をぶんぶん振り回して続きを催促している。
「うーん……、一組の
「へっ? ……聞いたこともない名前だけど」
俺の言葉にひたすら首をかしげる佳織だが、どういうことだ。まったく聞き覚えもないし、顔にも見覚えはない。
「そっかー」
「それがどうかしたのか?」
「ううん、なんでもない」
「いや、なんでもなくはないだろ……?」
でないとこんなところに佳織だけ呼び出すなんてしないだろ。訝し気に問いかけるも、あまり反応がよろしくないようだ。何かあったのかな?
「あらら……?」
何やら予想外の方向に進んでいきそうで、静が首をかしげている。
「何か重要な告白とかされたんじゃないのか?」
「そりゃまぁ……、あったけど……」
うん? 何かあったのは間違いなさそうだが、何だろうな……。
「いったい何を言われた……!」
いつもと様子の違う佳織にちょっと心配になるが、話してくれないことにはどうしようもない。
「……あたしもちょっとよくわかってない」
「へ?」
「……ごめん、先帰るね」
「えっ? ……あ、おい!」
それだけ言い残すと、俺の制止を振り切って佳織は小走りで去っていった。
「……どうなっとるんだ」
「ナニコレナニコレ。……ちょっと彼の登場で圭一と佳織に修羅場到来!?」
「ええええっ!?」
後ろで静と千亜季が盛り上がっているようだが、俺の頭にはさっぱり言葉は入ってこない。アイツに何を言われたのか想像もつかないが、俺に言えない何かがあるんだろうか。
状況についていけてない俺には、去っていく佳織を呆然と見送るしかなかった。
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