第59話 ちょっと話があるんだけど
「おはよう圭一」
「おふぁよう……」
ゴールデンウィーク明けの初日の朝、久々の学校である。あくびを噛み殺しながら学校最寄り駅を出ると、後ろから佳織の声が聞こえてきた。
「……どうせまた遅くまで起きてたんでしょ」
やや呆れが混じった口調だが、佳織の指摘は特に間違ってはいない。ゴールデンウィークだからと調子に乗って、昨日も同じ感じで過ごしてしまっただけだ。これもスマホのゲームが面白いせいなので俺は悪くない。きっと。
「おおむねその通りだが何か問題でも?」
「ドヤ顔で言うことじゃないでしょ!」
パジャマパーティーのあとの残りのゴールデンウィークは、ひたすら家でゴロゴロしているだけだった。やかましい三人が帰ったあとは、久々に一人で静かな時間を過ごせたような気がする。
「っていうかなんでまたそんなに髪がボサボサになってんのよっ!?」
あー……、うん。ちょっとこの休みでゴロゴロしすぎたかもしれない。ここのところ休みの日もずっと佳織と行動してたからか、なんか激しく反動が来たみたいなんだよなぁ。いやホント、この数日はすんげー静かだったぜ。
しかしそれも昨日までだ。今日から学校が始まるってんだから憂鬱にもなるというものだ。
「いやまぁ、外に出ないなら髪は整えなくていいかなと思ってたらゴールデンウィークが終わってたんだよ」
「……意味わかんないし!」
二人で学校へと歩きながら実態を白状するも、理解はされなかったようだ。明日から学校って気づいたの、ベッドに入ってからだったんだからしょうがねぇだろ。
今までアバターを着飾る感覚で自分の手入れをしてきたが、正直飽きてきたのかもしれない。自分で自分の姿に慣れてきたということなのか……。
いやまぁ、明日から学校だと気が付いたときに手入れしないととは思ったんだがなぁ。
「もう……、しょうがないわね……」
俺の髪を手櫛でなんとかしようとしているが、やっぱり諦めたようだ。
「また学校着いたら整えてあげるから」
ため息とともにそんな声が聞こえてくるが、やってくれるんならお言葉に甘えるのみだ。佳織さまさまである。
「ありがたやー」
「何やってんのよ……」
何と言われても、拝んでおいただけだから気にするな。
「あ……、真鍋さん」
二人でバカなことを言い合いながら学校に向かっていると、不意に横から声が掛けられた。
振り向いたそこにいたのは、たぶん同じ学校の男子生徒だろう。細身な体つきに眼鏡を掛けた、雰囲気がなんとなく勉強ができそうな秀才くんだ。
……うん? どっかで見たことあるような?
「はい?」
名前を呼ばれた本人は首を傾げるだけだ。佳織の知り合いというわけではないのか。顔を見合わせて視線で佳織に問いかけるが、首を左右に振るのみだ。
「あ、あの……、一組の
なんだコイツ。俺が気になるって? ……あ、もしかしてこの間購買部であんぱん取り合ったヤツか?
「うん? ……圭一に何か用?」
ってか俺にも一回聞いただろ? そんなに信用ならんということか。……まぁ他人だし、何人かに確認して確実性を取ったということか。引っ越したと言った手前、ここで佳織に『俺が圭一だ』とばらされても面倒だな……。
ちらりと佳織から視線を向けられたので首を横に振っておく。伝わったかどうかわからんが、まぁいきなりばらすことはしないだろう。
「あ、いや、用ってわけじゃないんだけど……」
「ちょっと圭一、……知ってる人じゃないの?」
歯切れの悪い秀才くんを横目にしつつ、佳織が小声で確認してきた。
「いや俺も知らないんだよね。前に一度購買部であんぱんを取り合った仲だが、その時が初対面だ」
「……何よそれ」
佳織の表情が胡散臭いものを見るかのようなものに変わるが気にしない。
「そん時も男の時の俺のことを聞かれたんだけどな……。いろいろ面倒だったんで引っ越したことにしたんだ」
「ふーん……」
「あぁ、ごめんね。いないならいないでいいんだ」
俺たちのひそひそ話がひと段落したところを見計らったように、秀才くんが言葉を続けてくる。
「あの、真鍋さん」
「へっ……、あたし?」
改めて名前を呼ばれた本人は虚を突かれたように自分を指さしているが、こいつは俺じゃなくて佳織に用があったのか?
「……実はちょっと話したいことがあるんですけど、……放課後とか時間空いてませんか?」
「えっ?」
「ほほぅ」
これはあれなのか。俺というガードがいなくなったから佳織にアタックしようってことなのか。つかガードしてたつもりはないんだが、あたらめて俺がいないことを確認されたことを考えるとそういうことなんだろうか。俺なんか気にせずに佳織に突撃していってくれてよかったのに。
などと考えていると、佳織は困惑した表情を俺に向けてくる。
「別にいいんじゃないの?」
「あ……、うん……、そうね……」
「ありがとう……! じゃあ……放課後に昇降口の裏で待ってます」
佳織のぎこちない返事を受けて、秀才くんは嬉しそうに学校へと向かっていった。
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