第65話 救世主登場……でもない
「ちょっと待ったあああぁぁぁ!」
そこに滑り込むように待ったの声がかかる。今度は何なんだ。これ以上厄介なものは出てこないで欲しいんだが。
「圭は誰にも渡さん!」
声のした方向を振り返ると、そこにはよく見知ったヤツがいた。小柄で短髪をツンツンに逆立てた、見た目だけはイケメンな男だ。そう、ヘンタイの
「……誰ですかあなたは」
突然現れた虎鉄に動揺しつつも、北倉は思ったより冷静だ。ヘンタイだとは知らないからかもしれないが。
「二年三組の柴山虎鉄だ。圭とは中学時代からのツレだ」
ドヤ顔を決める虎鉄だが、まったくもって何も決まっていない。
「何しに来たのよ」
むしろ佳織たちにも警戒されている。佳織は俺の手を取って背後に庇い、静と千亜季も俺の前に立ちはだかった。
「……中学時代の友人という割にはずいぶんと警戒されてるみたいだけど」
北倉からは胡散臭そうな視線が虎鉄に投げかけられる。
「フフフ……、ここ最近は警戒されていないから問題ないのだよ」
それでも虎鉄のドヤ顔は揺らぐことはなさそうだ。むしろ訳の分からない言葉が返ってきて、何が言いたいかわからない。最近見かけてないんだから当たり前だろうが……。
でも俺の前に立っていた佳織はちょっと違ったようだ。動揺したかのように一歩後ずさっている。
「まさか……、ここ最近もずっと、あたしたちのこと見てたって言うんじゃないでしょうね……?」
佳織の予想の言葉に戦慄する。まったく気配はなかったが、ずっと俺たちを見てたってことか……? ますますヘンタイ度に磨きがかかってんじゃねぇか……。
相変わらずな虎鉄に、嫌なものを知ってしまったとばかりにジト目を向けると。
「ヘンタイに用はないんで帰ってください」
あえて他人行儀な口調で告げた。確かに中学時代のツレだが、今となってはコイツと仲が良かった過去も消し去りたいくらいだ。
「ぐふぅ……、さすが圭だね……」
胸元を押さえながら満足げにしている虎鉄を見ていると、やっぱり背中がゾワゾワとしてくる。さすがの意味がわからん。
「遠くから見てるだけだから気にしなくてもいいのに……」
はぁ、と大きくため息をついて足元に視線を向けた後、キリっとした表情に切り替えて北倉へと視線が向かう。
「だけど圭に近づく男が出てきちゃ黙ってられないんだよね」
「えーっと……」
ヘンタイに向けられた視線に北倉も引き気味だ。妹がどうのこうの、触るなんてうんぬんかんぬん独り言が聞こえるが、気にしたら負けだ。キリっとした表情に、ブツブツと呟く言葉の内容が合ってないのはヘンタイだからこそか。
「うん。とりあえず柴山くんを……、えーっと、圭さんに近づけたらダメってことはわかった」
言葉と共に北倉が、佳織に背を向けて虎鉄との間に割り込んでくる。北倉に名乗った記憶はないが、虎鉄の口から出た名前で俺を呼ぶことにしたようだ。さん付けで呼ばれるのも違和感ありまくりだ。
それにしても虎鉄に理解を示して二人で組むことはなさそうだな。最悪の事態にはならなそうでよかったよ。
「ふん。それはこっちのセリフだ」
ビシッと北倉を指さした虎鉄が、声高らかに宣言する。
「誰の許可を得て圭に触ってんだ!」
誰の許可もいらねーよ!
危うく声に出してツッコむところだったが、何とか抑え込む。べたべた触ってほしいわけじゃないが、なんで誰かの許可がいるんだって話だ。
「えっ……」
しかし虎鉄の言葉に何か引っかかるところでもあったのか、言葉に詰まった北倉がこちらを振り返る。
「誰かに許可を取る必要はないと思うけど……。さっきは、咄嗟に手を握ってしまってごめん……」
「あ、はい」
まさか謝られると思ってなかったので生返事になってしまう。ヘンタイの登場で忘れてたけど、そういえば手を握られたな……。
「何がどうなってるのよ……」
「圭ちゃんを巡る男同士の戦いだね!」
佳織は額に手を当てて嘆き、静は二人の争いになぜか興奮している。
「モテモテだね、圭ちゃん」
「ぜんぜん嬉しくない」
千亜季の言葉には憮然と返事だけしておく。なんでよりによって男に好かれないといけないのか。……いや今の自分は女なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだが。それでもヘンタイと男好きはちょっと違うと思う。二度目の『わたしのために争わないで!』と言えるシチュエーションな気がしたが、もちろんそんな気になれるわけもない。
「圭さんたちと話をしたかったけど、ちょっとそんな雰囲気じゃなくなっちゃったね」
「当たり前だろ! 触るなど言語道断。話しかけるのもダメだ。遠くから見守るべきじゃないか?」
「ちょっと今日は話をできそうにないですね。僕はちょっと柴山くんと話があるので、圭さんたちは先に帰っててください」
虎鉄の断言に北倉が大きくため息をつくと、それだけ言って虎鉄へと向き直る。
「ああそうだな。オレもそいつに用があるんだ。圭は先に帰れ」
一方の虎鉄も同じことを言っている。まあお互いがお互いのこと邪魔だと思ってるんだろうけど、何かすごくもやもやする。
「あー、うん……」
「ああ言ってるし……、今日は帰ろっか……?」
佳織も釈然としないのか、振り返ったその表情は困惑した様子だ。二人に恩を売られてる感じになってるんだけど、なんなのコレ。虎鉄がヘンタイじゃなかったら助けに来てくれたいい奴で終わったのに、北倉のほうがいい奴に見えるよ……?
「そうするか……」
脱力した俺たちは、そのまま二人を残して帰ることにした。
いやもう、永遠に二人だけでオハナシしていてください。
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