第53話 スキンケアもしましょう

「お風呂空いたぞー」


 一足先に風呂から上がり自室へと戻ると、静と千亜季に声を掛ける。


「け、圭ちゃん……」


「……かわいい!」


 が、返ってきた反応は黄色い声だった。

 そういえば猫の着ぐるみパジャマ着てるんだっけか。そういう反応をされるのにも頷ける話だ。確かにすげー可愛かったし。そういえば佳織は何のパジャマ買ったんだろう。ピンク色のパジャマが置いてあったのは見えたが、中身までは確認できなかった。


「二人のパジャマも楽しみにしてるよ」


「あはは」


「そうだねぇ」


 何でもない風を装って声を掛けると、乾いた笑いが聞こえてきた。一応持って来てるのかな。これで普通のパジャマだったら損した気分になるぞ。いやまぁ、見られて減るもんでもないから別にいいけど。


「そういえば佳織は? お風呂で何かなかった?」


 一人で戻ってきた俺に疑問を持ったんだろうか。ってか、お風呂で何かって……、なんだよ。すごくニヤニヤした表情で言われると、何か確信がありそうな気がするんだが……。


「もうすぐ戻ってくると思うけど……。別に何もなかったぞ?」


 抱き着かれはしたが、よくよく考えれば日常茶飯事だな。うん。特に言いふらすようなことでもないし。


「……そうなの?」


 残念そうな表情になる静だが、千亜季も似たような表情だ。特に静が面白そうに思うことは、俺にとってはそうでないことが多い。顔を見合わせる二人を尻目にベッドへと腰かけると、一緒に持って来ていたお茶のペットボトルを開けて口に含む。一息ついていると部屋の扉が開いて佳織が戻ってきた。


「ただいま……」


「あ、おかえりー」


「おかえり」


 若干項垂れ気味の佳織のフードを被った頭からは耳が生えている。本人の様子を反映したかのように、両方の耳がぐんにゃりと垂れていた。どうやら淡いピンクのパジャマはうさぎのようだ。


「おー、うさぎもかわいいね」


「うんうん」


 フードにはつぶらな瞳がプリントされていて、お腹の大部分は真っ白な配色だ。お尻にはまん丸でふさふさな尻尾がついている。


「ほれほれ、早く風呂入っちまえ。あー、最後は湯船に蓋して窓だけ開けといてくれ」


「わかったー」


 注意事項を告げると、二人はそれぞれお風呂セットの袋を鞄から取り出す。


「じゃ、行ってくるね」


「行ってらっしゃい」


 そのままお風呂へと向かって部屋を出て行った。

 佳織はそのまま自分の鞄から何やらいろいろと取り出している。……が、それらを眺めていると何やら嫌な予感がしてきた。テーブルに乗せられたそれらは、鏡と……、何かのクリームだろうか?


「ほら、圭一もこっち来なさい。どうせ何もやってないんでしょ」


 呆れとも怒りともつかない声音で呼び寄せられれば従うしかない。きっとお風呂上りにも何かあるんだろう。というか前に佳織の家にお泊まりして風呂入ったあとは、特に何もなかったと思うんだが……。


「まさか風呂上りにもやることがあるとは……」


「当り前じゃない。あんまり詰め込み過ぎると覚えられないから、前は何も言わなかったけど」


 あ、そういうこと……。ひとまずテーブルの前まで移動すると、広げられたものを見ると、スキンケア用品だった。


「いっぱいあるな……」


 思わず漏れた言葉にため息が返ってくる。


「化粧水に美容液、乳液とあとはクリームね」


「うへぇ」


 思わず変な声が出てしまった。思ったよりいろいろ種類があるな……。どれにどんな効果があるかわからんが、世の中の女子は全部使い分けてるのか? ちょっと使いこなせる気がしないぞ。


「顔パックとかする人もいるけど、あたしはこれ使ってるわね。ほら、顔出して前髪上げて」


 言われた通りに顔を突き出すと、化粧水を手のひらに出して俺の顔に付けてくる。お風呂上がりの温かい手が顔に触れて、お風呂で抱きしめたことを思い出してしまった。

 落ち着け俺。なんとなく佳織の顔を見ていられなくなって、顔を触られているのをこれ幸いと目を閉じる。


「うーん、スキンケアしてなかったとはいえ、やわらかいほっぺしてるわね……」


「お、おう……。しかしこれも毎日やるのか」


 自分のほっぺの柔らかさなんぞわからないので、とりあえず明日からの事を考えてげんなりしていると。


「そう言うと思ったわ。ひとつで済むオールインワンのスキンケア用品もあるから、圭一はそれ使えばいいんじゃない?」


「おぉ、そんな便利なやつがあるのか」


 ひとつで済むんならやってみようという気になれる。……これも俺にスキンケアをさせる佳織の手口かと疑っていると、どうやら終わったみたいだ。


「はい、これでおしまい!」


 だがしかし、最後に勢いよく両頬を叩かれた。


「いて! 何すんだ!」


 思わず頬に手をやるが、なんというかいつもより十割増しくらいでもっちり肌になっている。


「ふんっ、次からは自分でやんなさいよ」


 何やら不機嫌そうだが、頬のもっちり具合に俺の怒りもある程度おさまっている。いやナニコレもっちもちなんだけど。

 自分で自分のほっぺを堪能していると、佳織も鏡を前にして自分のスキンケアを始めた。

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