第52話 何か言うことないの?

 あー、やっぱり最高。頭洗ってもらうのめちゃくちゃ気持ちがいい。指が頭皮を優しく撫でる感触がたまらない。っていつの間にか撫でてないかコレ。


「ちゃんと前を向く」


 思わず後ろを向いたら注意されると共に、強制的に首を前に向けられた。

 椅子に座っている俺が、膝立ちで頭を洗う佳織を振り返るとどうなるか。それはもう目の前に二つの果実がありましたとも。

 特にムラムラきたりはしないが、佳織も確か俺と同じCカップなんだよな。うーん、自分のおっぱいと同じくらい柔らかいんだろうか。


 頭からシャワーをかけられながら益体もないことを考える。自分から行けば虎鉄と同じくヘンタイになってしまうので、この思いは心の中に仕舞っておく。

 そして気がつけばコンディショナーをつけ終わったところで、佳織の動きが止まっていた。


「……」


 ここで一旦終わりかな? 終わったんなら声かけて欲しいんだが。後ろ向いたらまた怒られそうだし。


「えーっと、終わった?」


 とりあえず前を向いたまま佳織に聞いてみる。斜め前方に鏡はあるが、位置が悪くて後ろの佳織は映らない。そしてしばらく待ってみても返事がない。いい加減このままじっとしてるのも寒くなってきそうだし、いつまでも座ったままではいられない。とりあえず立ち上がろうとした瞬間、――背中が温かくて柔らかいものに包まれた。


「……ん?」


 なんだこれ。特に肩のあたりに二つの柔らかいものの感触があるが……。

 思わず振り向こうとしたところで、俺のお腹に二本の腕が回されてくる。

 微妙に冷えてきた体に、背中に感じられる佳織の温もりが心地よい。人肌が重なるとこんなにも気持ちがいいもんなのか。いやいやそうじゃない、ちょっと待て、何を考えてんだ。俺に背中からとはいえ抱き着くなんぞ。


「ちょっと……、佳織サン?」


「圭一……」


 改めて佳織に声を掛けると、妙に色っぽい声音の言葉が返ってきた。何なのコレ。もしかしてアルコールとか入ってんの? いや未成年の俺の一人暮らしの家に酒なんて置いてないし。さすがに持ち込んでもいないと思うが……。というかお腹に回された手がやべぇ。変な気分になってきそうだ。

 ひとまず回避すべく、お腹に回された腕を外して、膝立ちしている佳織も引っ張り上げるようにして立ち上がる。


「あ……」


 しおらしい声を上げる佳織を無視して体ごと反転すると、佳織の真正面から抱き着いた。二つの体の間で俺と佳織のおっぱいが潰れるのがわかる。十五センチほど身長差があるので、佳織の肩に顔を埋めるようにして背中に手を回すとギュッと抱きしめる。……と、俺の背中にも腕が回ってきた。


「はああぁぁぁぁん……」


 背中の比ではなく人肌が気持ちいい。佳織からも思わず脱力しそうな声が漏れてきたが、俺も危ないところだった。ちょっと癖になりそうだなこれ。いや普通にやればヘンタイだが、様子のおかしい佳織を宥めるには仕方がない。……そう、仕方がないんだ。


「おーよしよし」


 子どもをあやすように言葉を掛けて背中を叩くと、佳織の体がビクッと反応する。


「大丈夫でちゅか~」


 さらに声を掛けると、何やらプルプルと震えだした。とりあえず反応があるまで背中を叩いていると、ようやく佳織が反応を返してきた。


「ちょっと……! 他に、何か言うことは、ないの!?」


 小さめの声ではあるが叫びに近い力強い言葉だ。心なしか怒りがこもってるような気もする。


「……うん?」


 よくわからんが、佳織に何か言うこと? 何かあったっけ?

 体を密着させている以外は若干元の様子に近づいたことに安堵しつつ、考えを巡らせる。今日は俺の家でパジャマパーティだろ? 場所を提供してるのは俺だし、皆は集まってきただけだな。買い物にも行ったが特にこれといって何もなかったし。あぁ、そういやみんなちゃんと着ぐるみパジャマ持って来てんのかな。あー、あとはなんだろう。余計な気づかいはするなってのと……。


「あぁそうだ」


 というかきっとこれだ。そういえば佳織にお礼を言ってなかったな。肩から顔を上げると、佳織の顔をまっすぐに見据える。瞳を潤ませて真っ赤になった佳織の顔が目の前にある。数センチに迫った顔に思わずドキッとしてしまうが、落ち着くんだ俺。相手はただの幼馴染だぞ。


「な……、何よ」


 佳織も目の前にある俺の顔に身構えたのか、表情を硬くしている。何か言うことはないか催促したのはそっちだろ。しかしまぁ、言い忘れてたことがあったのは確かだ。そこはきちんと伝えないといけないな。

 だがしかし、密着しすぎもよくないな。ちょっと会話するには近すぎる距離だ。


 背中に回していた腕を佳織の両肩に乗せて、腕をまっすぐ伸ばしただけの距離を取る。重なり合っていた肌が離れ、お風呂場の空気がまとわりついてくることに寂しさを覚えるがこれは必要な処置だ。


「佳織」


 眉を八の字にした、未だに真っ赤な顔をした佳織へと声を掛けると、俺は続く言葉を口にする。


「頭を洗ってくれて、ありがとうな」


「……へっ?」


 変な言葉と共に、ポカンと口を開けて俺を見つめる佳織。


「ほ……、他には?」


「ん? 他?」


 まだ催促してくる気か。もう他には思いつかんのだが。


「……いや、……特にないな」


 そう言い切ると、佳織は顔を俯けて肩をプルプルと震えさせている。


「おいおい、寒いなら湯船に浸かっとけよ」


 それだけ告げると俺はお風呂の椅子へと座りなおし、石鹸を手に取って体を洗い始めた。そのあと結局風呂から上がるまで、佳織はなぜか終始無言だったことをここに記しておく。

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