第44話 真鍋佳織
滝本の言葉に固まって何も反応を返せない佳織。
『佳織も』というのがよくわかっていないが、図星ということなんだろうか。
……まさか、裸を見せたいというところが同じってことか?
一緒に風呂に入ったのはそういうことだったのか?
「――なっ! そ、……そんなわけないじゃない!」
うん。さすがに露出狂ってわけじゃねぇよな。幼馴染がそんな性癖を持ってたとしたら引くわ。
見せたいから風呂に入ったんじゃなくて、あれは髪の洗い方を教えてもらっただけだし。
というか、必死になって力いっぱい否定したからか、俺を抱き寄せている腕にも力が入ったようで苦しい。
「ちょっと佳織……、そのバカ
「あ……、ごめん……」
力を緩めて様子を確認してきた佳織だったが、俺の顔を見た瞬間に頬を真っ赤に染めて、抱き寄せていた腕を開放する。
「ち、違うからね! あたしはそんなんじゃないから……!」
そこまで必死にならなくてもいいと思うが……。いくらなんでも幼馴染が露出狂とか勘弁願いたい。
いや今のはバカ
「へいへい、わかってるよそれくらい……」
どちらにしろ否定してやらないとまたギャーギャー騒ぐだけだ。
「え……、あ、うん……。そう……だよね」
佳織を大人しくさせるための発言だったが、当の本人の反応は芳しくない。両肩を落として
むしろ『バカ
「ふふ……、あはは……!」
それまで俺たちのやり取りを見守っていた滝本だったが、何かツボにはまったのだろうか。
「な……何よ」
話題が逸れたとばかりに、まだ頬を赤く染めた佳織が話に乗ってくるが、今度は佳織の余裕がなくなってるように見えるのは気のせいか?
「まだそんなに焦らなくてもよかったみたいで安心したわ」
床に放置していた体操服を拾うと、そのまま着てさらに言葉を続ける。
「だけど、そこまで必死に否定するなら、わたしの邪魔はしないでもらえる?」
「そ……、それとこれとは話が別でしょ!」
「なんで別なのよ」
なんだか二人で盛り上がっているようだが、どうにも口を出しづらい。
元男としては、女の子の裸が見れるのであれば特に否定する理由もないが、だからと言って肯定していいというわけではない。
そんなことをすれば、佳織にヘンタイと罵られることは間違いない。さすがに虎鉄と一緒にされるのは勘弁願いたいところだ。
ギャーギャーと目の前で言い合う二人に、だんだんと何かどうでもよくなってきた。
せっかくの『わたしのために争わないで!』というセリフを言うチャンスかとも思ったが、もうすでにそんな気分じゃない。
俺に裸を見せに来たと言う滝本は、佳織が乱入したことによって服を着てるし、佳織は佳織で滝本の狙いを阻止できたから目的は達成できたんじゃなかろうか。
……ぶっちゃけもう解散でよくね? もう昼休みだしなんだし、腹減ってきたぞ。
「わたしは五十嵐くんが好きなの! 邪魔しないでよ!」
「……ダ、ダメよ! どっちも……、女の子じゃないの!」
いやもう二人ともやかましいわ。こんな姿になった俺をまだ好きだと言ってくれる滝本の好意は嬉しいが、少なくとも俺自身が自分のことをよくわかっていない間は、滝本の好意に応えるつもりはない。
というか、つい先日に友達からということになったと思ったんだが、なんだこの変わり身の早さは。
しかし佳織の中では女の子同士はNGなのか……。いや、相手が俺だからかな……?
「じゃあやっぱり、真鍋さんもわたしのライバルってことじゃない!」
「ち、違うわよ……!」
何がライバルだよ……。
ゆっくりと二人から距離を取りつつ、気づかれないように更衣室を抜け出そうと試みる。
ひとまず二人の死角になるロッカーに隠れて出口を目指すか。今なら大丈夫だろ。
「だったらどうして邪魔するのよ! いい加減認めたらどうなの!」
「……あ、あたしは」
改めて二人の様子を窺うが、滝本は両腕を腰に当てて胸を張り、佳織は俯いて肩を震わせている。
いつも強気な佳織が珍しい。
「あたしだって……!」
しばらくそのまま震えていたが、意を決したのか顔を上げ、キッと滝本を睨みつけると拳を握り締めて言葉を続ける。
「わかってるくせに! ……あたしだって、……あなたと同じよ」
――はい?
なんですって?
「……マジかよ」
思わず呟きが漏れてしまったがちょい待て……! お前も露出狂だと認めるつもりか? 必死に否定していたあの勢いはどこに行ったんだ。
それとも滝本の勢いに、抵抗するのが面倒になったのか。……途中から話をまともに聞いてなかったからよくわからんが。
「……ようやく認めたわね」
一方の滝本は……、眉間に皺を寄せて微妙に不満そうだ。せっかく認めさせたのになんだそれ。
「でもそれだとちゃんと伝わってないわよ」
静かに呟くと、滝本が俺へと視線を向けてくる。
後を追いかけるように佳織もこちらに顔を向けてくるが、ちょい待て!
逃げようとしたのがバレたかどうかはわからんが、思わず一歩後ずさってしまう。
「……
頬を真っ赤に染めてこちらに向き直る佳織。体操服の胸元を握り締めて力が入っている。
だがなぜ謝られているのかがよくわからん。……いや、こんなあたしでごめんねとか言う意味だろうか。
「あたしやっぱり圭一が……」
「ちょっと待て!」
何か嫌な予感がした俺は、反射的に手のひらを佳織へ向けて言葉を遮っていた。
「佳織の言いたいことはわかったから……。それ以上は言わなくていい……」
それ以上口にすると危険だ。
俺自身、ヘンタイのレッテルを張られないように口をつぐんでいたというのに、佳織は今から何を暴露しようと言うんだ!?
そんなに虎鉄と同類になりたいのか……。しかしさすがに幼馴染がアッチ側に行くというのは俺の中でも外聞が悪い。というわけで阻止させてもらうぞ。
「えっ……、ちょっと……、もしかして……!」
百面相をした後に、両手を口元に添えてますます頬を真っ赤に染める佳織。おいおい、ちょっと瞳が潤みすぎじゃねーか。そんなに嬉しかったのか。恥ずかしいセリフを言わされなくて済んだことに。
「えっ!? そ、そんなことって……!」
滝本も思惑が外れたのか、目を見開いて俺と佳織に交互に視線を送っている。
……が、そのまま
「わたし……、余計なことしちゃったの……?」
ああ、そうだな。まったくもって佳織をアッチ側に引きずり込もうとするなんぞ、けしからんことだ。
あー、佳織にもあとで変なこと口走らないように言っておかないとダメだな。
「とりあえずここじゃなんだし、行こうか」
「うん……」
項垂れる滝本を放置して、真っ赤になって俯く佳織を連れて更衣室を出るのだった。
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