第43話 これは間違いない

「――はぁ!?」


 いやいやいや、ちょっと待て!

 今度は逆のパターンか!?


「なんでそうなる!?」


 体操服の入った手提げ袋を両手で抱きしめながら、またもやあの時と同じく後ずさる。

 だがしかし、今回は脱いでいるのは目の前にいる滝本たきもとの方だ。自分が脱がされているわけではない。

 するりと下ろしたハーフパンツを脱ぎ去ると、一歩一歩俺へと近づいてくる。

 レース模様のかわいいピンク色のパンツが目前に晒される。うーむ、こういう柄のパンツもかわいくていいな。


「だって……、凍子とうこがそうしたほうがいいって……」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、うるんだ瞳で迫ってくる滝本。仕草だけなら破壊力は抜群だ。以前の俺だったら一発でやられているだろう。

 凍子って、普段滝本と一緒にいるやつだよな? いつも無表情なくせに何を吹き込んでくれてんだ。すげー影響受けてんじゃねーか。

 滝本一人だと話が進まないと思ってたが、これはこれでえらい爆弾仕込んでくれたもんだな。


「いやいや待て! 俺は元男だぞ!?」


 元は身長180はあった男だ。……そう、男だったんだが、今では30センチ以上縮んで女になってしまった人間だ。

 ……うん? ……だったら問題ないんじゃないか?

 後ずさる足を止めて改めて考えてみる。

 教員用だけど、ここは女子更衣室だな。そこにいるのは女子が二人だ。

 それに……、思っても見なかったが、幼馴染の佳織以外の裸を見るチャンスじゃねーのか?


「わたしは……、五十嵐くんが好きだから……、大丈夫だよ」


 考え込んで足元を向いていたが、その言葉にふと滝本へと視線を向ける。

 ……好きな相手に女の子ってのは、こんなに大胆になれるもんなのか。すげーな。

 ふと真剣な気持ちになったが、今度は上の体操服を脱ぎだした滝本に現実に引き戻される。


「いや、俺はぜんぜん大丈夫じゃないんだけど!」


 女二人だから大丈夫と考えていたが、そんなことがあるわけがない。少なくとも学校にバレたらダメだろう。何もおとがめなしになるわけがない。

 ましてや昼休みの教員用更衣室だ。いつ先生がやってくるかわかったもんじゃない。


 上の体操服も脱ぎ去って完全に下着姿になった滝本が、俺の言葉で寂しそうな表情へと変わったように見える。

 にしても、ボリュームのあるおっぱいは俺より大きいかもしれない。


「え……? ……わたしじゃ、ダメなの?」


「いやダメとかそういうことじゃなくてだな……」


 自分も若干残念そうな声音になっていることはスルーして、今の状況について考えてみる。


「やっぱり……」


 俯いてぼそぼそとした呟きになっているので聞こえづらい。

 ちょっとした期待もあったが、男の時に感じた興奮はさっぱり感じられない。やっぱり女になったからか。

 残念なような、安心したような……。うーむむ。


「やっぱり――さんがいいの?」


「……え? なんだって?」


 声がこもっていて聞こえなかったんだが、やっぱりってなんだ?


「やっぱり彼女じゃないとダメなの!?」


 彼女って誰だよ。

 しかしいきなりグイグイ来るな……。前回のときは最終的に『お友達になってください』で落ち着いたと思ったんだが。

 結局今日まで話すこともなかったし、友達らしいことをしていなかったのがダメだったのか。と言っても隣のクラスだし、体育の時しか接点がないからなぁ。

 いやそもそも冴木に何か吹き込まれているっぽいのが原因かもしれんが。


「わたしも見てよ!」


 半分泣きそうになりながら、両手を背中に回してブラのホックへと手を掛ける。

 健全な元男子としてはぜひとも拝ませていただきたいところではあるが、いかんせんそういう欲求は湧いてこない。

 単純に今の状況がそういう気分にさせてくれないだけかもしれないが。


 ――と、そこへ。


「何やってるの!?」


 どこか聞きなれた声がしたかと思うと、声の主がそのまま更衣室へと入ってきた。


「佳織?」


 入ってきたのはまだ体操服姿の佳織だ。

 ちょうど真ん中に位置する滝本を警戒するように迂回すると、ゆっくりと俺の元へと向かってくる。


「滝本さん! あなた、今度は圭一に何をするつもりだったの?」


 突然現れた佳織に、滝本も背中に回していた両手を胸に回して隠している。ホックを外す動作は止められなかったのだろうか。


「えっ? ……真鍋さん?」


「……大丈夫? 何もされてない?」


 第三者の登場に戸惑っている滝本はひとまず放置して、両肩を掴んで俺を心配そうにのぞき込んでくる佳織。


「あー、うん。別に何もされてないから大丈夫」


 せっかく裸を見られるチャンスを潰された気もするが、しょうがあるまい。


「なんで……、真鍋さんがこんなところにいるのよ」


 おう、それは俺も気になっていたところだ。よくぞ聞いてくれた。


「あなたがコイツの後を付けていったのを見たからに決まってるでしょ。まさか前回何をしたか忘れたわけじゃないでしょうね!」


 ビシッと滝本を指さして、もう片方の手で俺を抱き寄せる佳織。

 なるほど……。それでついてきたらこんな状況になっていたから飛び出してきたってわけか。


「それは……、でも別に今回は……」


「今回は……何よ」


 尚も警戒を解かない佳織だが、そろそろ離してくれませんかね。


「――わたしを見て欲しかっただけだから」


「……はい?」


 意味が分からなかったようで生返事を返しながら俺を見る佳織。その目が「どういうことよ?」と物語っているが、本人に聞いてくれよ……。


「……いやなんつーか、自分だけ裸を見たのはフェアじゃないから、自分の裸も見ろ……らしい」


 佳織から目を逸らしながら渋々と説明してやるが。


「――はあぁぁぁっ!?」


 まぁそんな反応になるわな。


「ダメに決まってるでしょ!」


 キッと睨みつけるように俺へと視線を向けて声を荒げる。

 いやだからなんで俺なんだよ。見せようとしてるのはあっちだろ。


「……どうして? ……あなたには関係ないじゃない」


「え……?」


 思わぬ返しに戸惑う佳織へとじりじりとにじり寄ってくる。

 確かに佳織には関係ないが……。そういうことじゃねーだろう。前科があるんだし。


「どうしてダメなの? わたしを見てもらいたいだけなのに……」


「ダ……、ダメなものはダメなのよ!」


 もはや理由になっていないが、若干頬を赤らめながら反論する佳織。

 そんな様子に何かに気がついたのだろうか。足を止めてじっくりと佳織を眺めると、その表情が変わった。


「もしかして……、真鍋さんもなのね……?」


 疑問形ではあるが確信をもった口調だった。

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