第45話 気持ち
「あー、腹減った」
まったくもって今日は疲れた。
いやホント、体育の後の出来事が一番精神的にきたね。
思ったよりヘンタイと言うやつは身近にいるものなのかと愕然としたが、よくよく考えれば男から女になった俺自身が一番ヘンタイなのかもしれない。
しかしまぁ、生理的に受け付けないのは虎鉄だけだし、問題ないか……?
とにかくだ。いつまでも更衣室にいたところで腹は膨れないからと、佳織を連れて本来の女子更衣室へと放り込んだ後、俺は一人で購買部に来ていた。
別れ際に『待ってるね……』とか赤い顔をして言われたが、俺はもう着替え終わってるし、佳織が着替えるのを待っていたらパンが売り切れるしでそんなものはスルーだ。
「やっぱりこの時間はあんまり残ってないなぁ」
しかし、こんな時間になってしまったらロクなものが残っていない。
相変わらずコッペパンは残っているが、何もクリームなど入っていないこのパンは誰か買う人がいるんだろうか。
せめて中にあんこが詰まったあんぱんだな。残り一個じゃねーか。誰かに取られないうちに……。
「――あ」
俺が伸ばした手があんぱんの袋の端をつまむのと、隣から伸びてきた手が同じくあんぱんを掴むのは同時だった。
あんぱんを掴む手の持ち主を見上げると、そこには見覚えのない男子生徒がいた。
「あ……、どうぞ」
眼鏡をかけた顔がこちらを向くと、逡巡したのちにあんぱんを譲ってくれる。
なかなか紳士な奴ではないか。
「ではありがたく」
「どういたしまして」
他にサンドイッチとコーヒー牛乳を選ぶと、レジへと並ぶ。
会計を済ませて教室に戻ろうとしたタイミングで。
「ところで」
「……うん?」
あんぱんを譲ってくれた男子生徒に呼び止められた。
「キミは……、最近
「あ、うん。……そうだけど?」
一体それがなんだというのか。
あぁ、男から女になった人間がどういうやつか知りたい……って、それだと佳織の名前は出てこないか?
いまいち意図が分からずに、返事が疑問形になってしまう。
「その、真鍋佳織さんといつも一緒だった、背の高い男の子がいたと思うんだけど、最近見かけないよね」
……うん? 佳織じゃなくてやっぱり俺のこと?
「どうなったか知らないかな?」
――いや、あなたの目の前にいますが。
一瞬そう答えそうになったが、わざわざ俺にこんなことを聞いてくるという事は、今の俺の事は知らないのだろう。
幼馴染で家が近いから、学校に行くときは一緒に登校することが多い。
それは今でも変わらないが、何も知らない人間からは、男がいなくなって女が増えたように見えるということか。
いやしかし、これはどう答えたものか。
……知らないんであればわざわざ正直に答える必要もないか。説明が面倒だし。
「……引っ越したみたいですよ?」
どう言ったものかと一瞬悩んだが、結局引っ越ししたことにしてしまった。
入院でもさせてしまおうかとも思ったが、お見舞いに来られても困るし。かといって自分を死んだことにするのもどうかと思う。
「……あ、そうなんだ。……へぇ」
思ってもみなかった答えだったようで、一瞬呆けた表情を見せる男子生徒。
細身な体で顎に手を当てて考え込む様子は、なんとなく成績の良さそうな秀才くんを思わせる。
「教えてくれてありがとう」
「……はぁ」
「それじゃ」
何かに納得したのか一人で頷くと、秀才くんはお礼だけを言って、結局何も買わずに購買部を去っていくのだった。
「……何だったんだ」
そういえば名前もクラスも聞いてないし、マジで何だったんだろうか。というか誰なんだ。
……まぁいいや。とりあえず腹減ったし、教室帰って食うべ。
というわけで空腹に負けた俺も、秀才くんのことは忘れて教室へと戻った。
「遅かったわね」
「ちょっ……!
教室に戻るとすでに佳織たちはお弁当を広げ、すでに食べ始めていた。
なぜか隣の席の静が、わざわざ俺の席を陣取っていたが。しかも何か面白いことでもあったのか、いい笑顔で機嫌がよさそうだ。
反対に佳織は慌てているが。
「さぁ、圭ちゃん。……一体何があったのかな?」
「だから、何もなかったって言ってるでしょ!?」
なるほど、佳織が必死になるのもわかる。今は正気に戻っているようだが、佳織を教員用ではない通常の女子更衣室へ送り届けたときは、顔を赤くしてぼーっとしていたからだ。
だが安心しろ。俺の口は堅いほうだ。お前が露出狂だなんて吹聴したりしないさ。
「もしかして……、今度は佳織が裸に剥かれたとか!?」
「ぶふっ!」
「そ、そんなわけないでしょ!」
いきなり核心へ迫りそうな勢いの言葉に
すかさず佳織も真っ赤になって反対しているが、若干どもったりすれば疑いが残るばかりである。
「……怪しい」
静観していた千亜季が眼鏡を光らせて佳織を見つめている。
「あー、まぁ誰も脱いでないから安心してくれ」
「そ、そうよ!
少なくとも俺たちは脱いでいないのだ。滝本のことはまぁ置いておくが。誰かに
そう、脱がなかった佳織を含め、男から女になった俺も決してヘンタイではない!
「へぇ……」
「あら……」
佳織の怪しげな返答を聞いた静と千亜季だったが、珍しいものでも見たかのような驚いた表情で佳織を見つめるのみだった。
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