第40話 女の子の苦難
「いやこれ、風呂にも浸かれんな……」
あれから佳織の家で夕飯を食べた後、自宅に帰って今はお風呂中である。
入れないと言ったものの、一人暮らしの実家の風呂なら別だ。どうせ他に入る人間はいないのだから、好きに湯船に浸かればいい。
「温泉とか行ったら女の人ってどうしてんだろ……」
体を洗いながらも、ふと疑問に思ったことが口に出る。
実際に自分が体験することは……、いやいや、あるかもしれないが確率的には低いだろう。
というかそれ以前に、自分が女湯に入るということに疑問に思わなくなったことに驚きだ。もし男に戻ったとして、何気なく女子トイレや女風呂に入ってしまうんじゃないかと思ってしまう。
「それはそれで慣れてきたってことか」
シャワーで体について泡を洗い流して湯船に浸かろうとしたところで、太ももを赤い液体がゆっくりと伝ってくる。
……が、自分じゃ止められないし、何度洗い流したところで無駄なので、気にせずにそのまま湯船へと入る。
人間諦めも肝心だ。
「はぁ……、でもあったまってるとちょっと体調はマシかも……」
おばさんのアドバイスを思い出しながら下腹部に手を当てる。
しばらく湯船に浸かっていたが、ずっとそうしているわけにもいかないのでそろそろ上がることにする。
タオルで体をサッと拭くと、今度は風呂場の外に置いてあるバスタオルを手に取る。
自分の太ももに目が行くが、これもどうしようもないのでバスタオルで拭いていく。
そして、脱衣所に出ていざパンツを穿こうと思ったところで、佳織のセリフを思い出したのだ。
『お風呂に入る前にナプキン付けておきなさいよ』
「……」
うぬぅ……、こういうことだったのか。
パンツにナプキンをセットしている間に垂れてくるじゃねーか。
しかしこんなところで後悔だけしていても何も進まない。赤い雫は足元へと進むが。
バスタオルを股に挟み込むと、急いでパンツにセットする。
タイミングを見計らってパンツを装着すると、タオルとバスタオルを洗濯機にさっさと放り込み、もう一枚新しいバスタオルを出して全身を拭くのだった。
翌朝。
起きて真っ先にトイレへと行った。
もちろんナプキンの交換である。
というか夜中にも一度目が覚めて交換したのだ。
なんというかもう、目覚めの気持ち悪さといったらない。
幸いにして夜用というのは面積が広くて大丈夫だったんだが、佳織にちゃんと聞いていなくて普通のやつを使っていたらえらいことになっていただろう。
「はぁ……」
今日が日曜でよかった。授業中に生理になったりしていたら、さすがの俺でもパニックになっていたんじゃないかと思う。
まぁ明日からは学校だが、授業中はこの気持ち悪さにも我慢するしかないんだろうなぁ。
どういうものか体験していれば慣れるというものだ。
「まぁ、最初はそんなものよ」
俺の向かいでふんぞり返っている佳織がスナック菓子をつまんでいる。
まぁ確かに『女子』としては先輩になるわけだが、どうにも納得がいかん。
すでに昼を過ぎている時間帯で、おばさんが作ったお昼ご飯を差し入れしに来てくれたことはありがたいが。
「で、今日も晩ご飯食べに来る?」
最近恒例になりつつもしっかりと確認をしてくる佳織。俺の家に来たのもこれを聞きたかったからというのがほとんどの理由じゃなかろうか。
「あー、じゃあ今日もご馳走になるよ」
慣れてきたとはいえ、二日目の今日が一番出血量が多い。それに伴って気分も一番底にまで沈むというものだ。
そんな中で料理なんてする気が起きるわけもなく、また晩飯を買いに出かけるのも億劫だ。
「わかったわ」
そう一言返事をすると、ポケットからスマホを取り出しておばさんへと連絡を入れる。
「はぁ……」
スマホに文字を打ち込む佳織を眺めながらダイニングテーブルへと突っ伏す。
「母さんが今からおいでってさ。プリン買ってきたから皆で食べようだって」
しばらく無言で突っ伏していると、頭上から佳織の声が降ってきた。
あんまり食欲もない俺に何を言い出すかと思えば、プリンだって?
昨日の晩ご飯だってご馳走になったけど、結局全部食べられなかったのはおばさんも知ってるだろうに。
……でも生クリームたっぷりだと嬉しいな。しっかりと焼いた系のプリンもそうだけど、滑らかプリンも美味しそうだ。
あー、抹茶プリンというのも捨てがたい。どんなプリンかな?
「よし、行くか」
いつの間にか頭の中がプリン一色になっていることにも気づかずに頬を緩める。
うん、やっぱりスイーツ系は別だな。辛いときは甘いものに限る。
「あ、そう」
呆れたような声が聞こえるがそんなものは無視だ。少しでも前向きになれたんだから、気にしてはいけない。
そうと決まればさっそく行動だ。
突っ伏していた状態から勢いよく立ち上がり――。
「――ひぁあぁぁっ!!?」
いきなり訪れた不快感に思わず変な声が漏れてしまった。
「な、なによ!?」
佳織も一体何が起こったのかわからないようで、俺の反応に椅子をガタガタと揺らして
っていうか冷静に観察してる場合じゃない。この気持ち悪さをどうにかしないと……!
「……大丈夫?」
心配そうな佳織の言葉に首を横に振ると、余りのパンツの中の気持ち悪さに腰がだんだんと引けてくる。
「……一気に出てきた。立ち上がった瞬間にコポッって感じで……」
俺の言葉を聞いた佳織の表情が、既視感とともに呆れた表情に変わっていくのがわかる。
そして――
「さっさと交換してきなさいよ……」
ため息とともにそう零すのだった。
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