第27話 母はなんでも知っている
「あら、おかわりはいいの?」
夕飯の最後の一口を食べ終わり、お茶を飲んで一息ついていたところだ。ごちそうさまと言おうとしたところにおばさんからの声が被せられた。
男の俺だったらこの夕飯の量では足りないんだが、今となっては見る影もない。まったくもって小食になったもんである。
「あ、うん。ごちそうさまでした」
おばさんの家で、いつも食っていた量を食えなくなったことに不満を覚える。
「ほら母さん、こんな小柄な女の子がそんな大食いなわけないだろう」
俺の様子を見たおじさんがおばさんを窘めているが、なにか表情に出ていたんだろうか。としてもそれは勘違いなんだが。
「あら、ごめんなさいねぇ。ちょっと圭一くんと勘違いしちゃったみたい」
「そういえばそうだなぁ。……小さい頃の圭一くんを可愛くしたら、今の圭ちゃんみたいになりそうだよな。ははは」
ほほぅ、今の俺の顔は子どもの頃の自分に似てるのか……。まったく別人になったと思ったもんだが、そうでもなかったらしい。
そして「お前はどう思ってんの?」、と問う勢いで隣の佳織を振り返ってみたんだが。
――そこにはお茶を飲む手を停止させて冷汗をダラダラと流す佳織がいた。
「……そ、そうかしら。まぁ……、い、いとこ同士だし、ちょっとは似てるかもね。……あはは」
しばらく固まっていたあとにそれだけをひねり出すように呟くと、勢いよくコップに残ったお茶を飲み干す。
「ごちそうさまでした!」
そして誤魔化すように大きめの声で叫ぶと、食器をいそいそと流しへと持って行き。
「ほら行くわよ!」
またもや俺は佳織に引きずられるようにして二階の部屋へと引っ張り込まれた。
「そのうちバレるんじゃねーの?」
いくら何でも近所に住む幼馴染の俺が、高校になってからこの家に遊びに来なくなったとは言え、長い間姿すら見かけなくなったりすれば、何かあったのかと心配になるだろう。
そこで問い詰められればさすがに誤魔化せないと思うんだが。
いやまぁ、俺自身が隠さなくてもいいと思ってるんだけどね。
「……何よ。……ちょっと面倒くさくなりそうだから避けてるだけよ」
俺の言葉にジト目で返す佳織。
「それに……、今更、言い出しづらいじゃない……」
だけどそのジト目もそんなに続かなかったようで、頬を染めながらそっぽを向いている。むしろ言い出しにくいのが大半を占めてないか。このままほっとくとますます言い出しづらくなるぞ。
でもまぁいっか。これはこれで見てて面白いし。
「そっか。……ありがとな」
俺は若干笑いをこらえながら生暖かい目を向けてやる。目を逸らしてる佳織にはバレてないだろう。
「別に……、アンタのためにやってるんじゃないわよ」
へいへい。まぁ面倒ごとは避けたいっていうのはわからなくもない。
俺がこの姿になってからすでに二週間以上経ってるし。
学校内での俺の立ち位置も落ち着いてきた気もするし、このまま平和であるに越したことはない。
その後も佳織と他愛のない話を続けていると、部屋の扉がノックされた。
「はーい」
佳織の返事と同時に扉が開かれておばさんが顔を出す。返事を待たずに扉を開ける母親というのは全国共通なんだろうか。
「圭ちゃん、お風呂沸いたから先に入っといで」
「あ、はーい」
思わず反射的に答えてしまったが、風呂か。
佳織の家の風呂なんて、小学生以来じゃねーか?
「ほら、佳織も一緒に入るんでしょ?」
「――ふぇっ!?」
思いがけないおばさんの言葉に変な声を上げる佳織。
あー、そういえば前に佳織が、シャンプーとか諸々の使い方を手取り足取り教えてくれるって言ってたな。
いやしかしおばさんのその言葉は……、もしかして一緒にお風呂に入る話知ってたのか……?
「ちょっと……! なんで母さんが知ってるのよ!?」
なんだ、佳織がおばさんに言ったんじゃねーのか? っつーかそういえばこのおばさんは基本的に娘のことは何でも知ってたな……。
佳織は隠しているつもりなんだろうが、おばさんにはバレバレだったということが今まで何度あったことか……。
――っておい。
過去を振り返ったところで俺は重大なことに気が付いた。
……このパターンはもしや、俺の正体に気付かれてるってことはないか?
「何を言ってるの。娘の事なら何でも知ってるに決まってるじゃない?」
恐る恐る部屋の入口を振り返ってみたが、そこには呆れた顔をしたいつものおばさんがいるだけだ。
なんとなくうすら寒いものを感じたが、これはあれだ。気にしたらいけないやつだな、きっと。
うん、そうと決まればさっそく風呂だ。
俺はカバンの中から着替えを取り出して風呂へ行く準備をする。
「じゃあお先にお風呂いただきます」
「ごゆっくりどうぞ。……ほら、佳織もさっさと入っちゃいなさいよ」
そう言葉を残すと、おばさんはさっと引っ込んで行く。
後に残されたのは眉間にしわを寄せた佳織と、着替えを抱えた俺だ。
「まぁ、先行ってくるわ」
なかなか動かない佳織にそう告げると、俺は真鍋家の風呂へと赴くのだった。
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