第26話 お泊まり

 あれからあのヘンタイは、多少の視線は感じるものの、積極的に俺に近づこうとはしなかった。

 一応ノータッチを守っているんだろうか。そのあたりはよくわからんが。

 なんにしろ、土曜日の今日は学校は休みだし、しばらくヘンタイのことは考えたくない。


「おじゃましまーす」


 ということで今日は約束通りに佳織の家へとお泊りするためにやってきた。

 もちろん勝手知ったる幼馴染の家だ。事前に行く時間なんぞ佳織に連絡などしていない。

 と言っても変な時間帯ではないので問題ないだろう。昼過ぎなのできっとおばさんものんびりしている時間帯のはずだ。


「あらー、圭ちゃんいらっしゃい。今日も可愛いわねぇ」


 玄関で待っているとリビングからおばさんが笑顔で迎えてくれる。

 しかしこう、面と向かっておばさんから『可愛い』と言われるのはすごく違和感があるな……。

 昔は『カッコいい』だったのに。

 ……まぁそれはしょうがない。少なくとも今の自分に合った、違和感のない格好ができているということで満足しておこう。


「佳織なら部屋にいるわよ」


「あ、はい」


 玄関でショートブーツを脱いでお邪魔する。

 リビングへと引っ込むおばさんを見送ってから、佳織の部屋がある二階へと階段を上がっていく。

 そして佳織の部屋の前まで来ると、ノックもせずに勢いよく開ける。


「来たぞー」


 ……あれ? 誰もいない?

 部屋を見回してみるが、勉強机と丸いミニテーブルにクッションがいくつか。ベッドの布団は多少膨らんでおり……、って、寝てるのか?

 そっとベッドに近づくと、うつ伏せに背中まで布団をかぶり、襟ぐりの大きめのシャツからだらしなく肩を出して、ヨダレを垂らしながら昼寝をする佳織がいた。

 すげー気持ちよさそうに眠っている。

 うーむ……。こうやって黙ってれば多少可愛げがあるんだが……。っつーか俺が泊まりに来るって知ってて昼寝してるのかコイツは。

 若干イラっとした俺は荷物を置いて、ポケットからスマホを取り出すとカメラを起動する。

 そして佳織の顔を画面いっぱいにおさめると……。


 ピロリン。


 気の抜ける音がしてシャッターが切れたかと思うと、一枚の画像がスマホへと保存された。

 これでよし。


「……ううん」


 変なシャッター音で目が覚めたんだろうか。こちらに顔を向けてヨダレを垂らしながら寝ていた佳織が、ゆっくりとその目を開けた。


「あ……、圭一……、おはよう」


 トロンとした寝ぼけまなこでこちらを見つめてくる佳織に、思わずドキッとしてしまう。

 ――が、それも一瞬だ。

 口の端についているヨダレ跡が全部台無しにしている。


「……あぁ、おはよう」


「えーっと……、あれ?」


 ヨダレ跡が残念だなぁと思いながらジッと見つめていると、佳織の瞳が徐々に覚醒と共に見開かれてくる。


「えっ? ちょっ、……なんでアンタがいるのよっ!?」


 慌てて起き上がりヨダレを拭って背筋を正すと、ビシッと指を突きつけてくる。

 急にいつもの調子に戻ったことに安堵すると、俺はジト目を佳織に向けてやる。


「土日に泊まりに来いっておばさんに誘われたから来たんだよ」


「……」


 俺の言葉にしばらく固まる佳織。

 ついでに目が泳いでいる。完全に今日の事忘れてたな。


「……来る前に、あたしに一言連絡入れてくれてもよかったでしょう!」


 今度は逆切れですか。


「誘われたのはおばさんだしなぁ」


「そ……、それでも、あたしの家でもあるんだから、連絡しなさいよ!」


「へいへい」


 とりあえず佳織をスルーしてミニテーブルに着くと、学校から出された課題を鞄から出して目の前に広げる。


「へぇ、課題持ってきたんだ」


「そりゃーね。泊まりだし、ここでやるしかないじゃん?」


 筆記用具も出したところで俺は佳織へと振り返り。


「あ、起こして悪かったな。昼寝の続きしてていいぞ」


「ちょっ、何言ってんのよ! 仲間外れにしないでよ! あたしもやるわよ!」


 そう言って勉強机に引っ掛けてある鞄から課題を引っ張り出して、同じくミニテーブルに広げる佳織。

 二人しかいないのに仲間外れも何もないと思うんだが……。

 さっきの寝顔も思い出しながら改めて佳織を伺ってみるが、今度は頬を膨らませてリスみたいになっている。


「ははっ……、佳織は可愛いな……」


 思わず小動物を見た気分になって、そんな言葉が漏れてしまっていた。


「な……なな、何言ってんのよ!!?」


 俺の呟きが聞こえたのだろう。佳織が顔を真っ赤にしてわたわたしながら叫んでいる。


「あ……アンタには言われたくないわよ……!」


「なんでだよ」


「知らないわよ!」


 なんという理不尽だ。普通は褒められれば喜ぶところじゃないのか。

 佳織だって生物学上の性別は女のはずだ。可愛いと褒められれば喜ぶと思ったんだが違うのか。

 解せぬ。




「はーい」


 課題がそろそろ終わりかけになった頃、部屋の扉がノックされた。

 それに返事をしたのが佳織だ。


「あら、宿題やってるの」


 そうして部屋に入ってきたのは佳織のおばさんだ。

 お盆にジュースとお菓子を乗せて持ってきてくれたようである。


「あ、うん。ありがと」


「おばさん、ありがとう」


 狭いテーブルの上にジュースの入ったコップが置かれる。

 俺たちはひとつの教科書を二人で見ているので、かろうじてコップを置くスペースが確保できている。

 まぁ同じ課題をやっていて、参照するページも同じなので自然とそうなっただけではあるが。


「佳織は……、圭ちゃんに勉強教えてあげてるの?」


「へっ?」


 おばさんの言葉に佳織が『何言ってんの?』と言わんばかりの表情で疑問の声を上げる。

 ここに来て改めて暴露するが、俺と佳織の成績は二人とも似通っている。いやむしろ俺の方がちょい上だ。

 大事なことだからもう一度言う。

 俺の方が成績がいい。

 だから、教えるということになれば、それは俺が佳織に教えることが多いのである。

 だからこそおばさんのこの言葉に、佳織がそんな反応をしたんだろうが……。

 自ら墓穴を掘る佳織に、俺は笑いをこらえるしかない。


「あ……、えーっと、そ、そうなのよ……。圭ちゃんに、勉強をお、教えてたの」


 俺を高校一年生の年下として紹介してしまったことを思い出したのだろう。

 必死に取り繕って誤魔化そうとしているが、目も泳いでいるし明らかに挙動不審で怪しい。


「でも、おやつが来たから、……ちょっと休憩しようかしら」


 そんなことを言いながら自分のノートをそっと閉じる佳織。


「……そうね。まぁ圭ちゃんもそんなに根を詰めないで、ゆっくりしていってちょうだいね」


 不審な表情をしながらも、おばさんは特に踏み込んでくることはなく、そのまま部屋を出ていった。


「はああぁぁ……」


 扉が閉じられたことを確認した佳織が、安堵の長い溜息をついている。

 ばれたら面倒なことになるのは確かだが、これはコレで面白い。


「あははははっ!!」


 ぐったりする佳織に、俺はもう笑いをこらえることができなかった。

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