第10話 カミングアウト
どうせ教室に戻っても囲まれるんだろうと思ったが、嬉しいことにその予想は裏切られた。
始業式が終わってもグラウンドに残る俺たちを解散させた先生が、そのまま俺たちと一緒に教室まで来てくれたのだ。
というか始業式前に教室に来た先生その人だった。
「はい。というわけであなたたちの担任となる
しかしまぁ、予想外の騒ぎだな……。
俺がこんなんになったのがそんなに珍しいか。……いや珍しいですね。むしろ珍獣っすよね。
はぁ……。なんか疲れてきたわ。今日学校来るんじゃなかった。
「クラス替えのないこの学校だと、みんなは皆の事よく知ってると思うけど、先生は皆の事をよく知りません」
そりゃそうだ。俺たちも先生のことは知らんぞ。国語の先生ってことはわかったが。
去年の国語の授業は別の先生だったし。
「個人的にはみんなに自己紹介をして欲しいところだけど、聞きたいのは先生だけなのでそれはやめておきます」
……おうふ。そりゃ助かるな。こんな状況で自己紹介とか、なんて自分を紹介すりゃいいんだ。
「「「「ええー」」」」
先生の言葉と共に俺以外の全員から不満の声が上がり、その全員が俺へと顔を向ける。
そんなに見つめられたら恥ずかしいじゃないか。っつかむしろちょっと怖いんだけど。
いやマジで勘弁してください。何が悲しゅうて自分の境遇を暴露せにゃならんのだ。
しかもなんでこうなったのか自分でもさっぱりわからんというのに。
「なので、先生が名前を読み上げますので、呼ばれた人は元気よく返事をしてくださいね」
おぉぅ……。それならなんとか……、まだマシだな……。
えーっと、元気よく挨拶だっけ? 返事するだけだよな。ちょっと心のじゅん――。
「五十嵐圭一くん」
「――って一発目かい!?」
準備をする間もなく呼ばれた自分の名前に、思わず立ち上がってツッコんでしまった。
そうだった! 俺一番最初だった! なんで五十嵐家に生まれてしまったんだ俺!
「……えーっと、五十嵐君……でいいのかしら?」
訝しげに聞いてくる担任の川渕先生に、俺は観念してもう一度返事をする。
「……はい。五十嵐圭一、十六歳です」
「うーん……。五十嵐君……、あなた確か、男の子の列に並んでなかったかしら?」
どうやら見られていたらしい。そりゃそうか。一番前だしな。男、女、男、女と交互に並んでるところに女が三人続けば目立つか……。
いつものように左右見知った顔の真ん中に立っただけなんだが……。
「はい、そうです」
今更NOとは言えないので肯定しておく。
「あー、えー、うーん……、どこからどう見ても女の子にしか見えないんだけど……、そういうことでいいのかしら?」
ひとしきり唸って考えた挙句に出てきた言葉はコレだ。
そういうことってどういうことですかね? とっても頷きたくはないんだけど!
だからと言って何て答えていいのかもわからん! くそっ、どうしたらいいんだコレ!
「……そういうことでいいと思います」
一人で悶々と悩んでいると、前方から聞いたことのある声が聞こえてきた。
って、うおい! 誰だよ勝手に返事してるヤツ!
「あなたは……?」
「圭一の幼馴染の真鍋佳織です」
ってお前かよ! 何やってくれてんのお前!? え? そういうことって意味わかって答えてんの!? どうなの!?
「そうなの……。わかったわ」
って先生もなんでそんな優しそうな表情になってるの!? 「辛かったわね」とかいうセリフが聞こえてきそうだけど、ちょっとヤメテ!?
俺そんなんじゃないから! 目が覚めたらこうなってただけだから!
「……でも安心して。この学校は
いや全然安心できませんよ!? むしろ激しく誤解が広がっていきそうな予感しかしないんですが!
俺は頭を抱えながら、勝手に進んでいく話をどうにか止められないか考えるが、いい案なんて浮かぶはずもない。
「一年生の時にもそういった
特別授業というのはいわゆる道徳を教える授業だ。先生は生徒たちに、特殊な事情を抱える生徒には優しくと暗に言っているのであろう。
だがしかし、そう思っている生徒はここには誰一人としていない。……と思う。
なにしろ身長百八十近くあった俺が、三十センチ以上縮んだのだ。むしろ別人だ。
「だから五十嵐君……、いえ……、五十嵐さんも安心してね」
にっこりと俺に笑いかける先生だが、まったくもって安心できない。何を安心すればいいんだ?
俺が「本当は女の子になりたかった」という誤解が広がるだけじゃないのかな?
「実を言うとね……、先生もあなたと同じなのよ? だから、何かわからないことがあったら何でも聞いて頂戴」
言い聞かせるように、じっくりと、ゆっくりと話す先生。
――はい?
今なんて言いましたか? 先生も、俺と同じ? ってつまり、そういうことなの?
えっと……、先生も男から女に……?
「「「「「ええええええええええっ!!!!?」」」」」
先生のカミングアウトが教室中に染み渡ったところで、生徒全員の叫び声が響き渡るのだった。
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