第11話 体育の準備もしないとね
結果的にはよかったんだろうか。
なんとなくそういうことになってしまったので、理由を聞かれなくなった。
佳織が険しい表情で『そういうことにして何も聞かないで』オーラを出していたのも効果があったのかもしれない。
だけど納得がいかない!
とても反発したい気持ちもある。俺は女の子になりたかったわけじゃないんだ!
……かといって、じゃあその姿は何だ? ってなると、何も言えないんだよなぁ。起きたらこうなってただけだし。
やっぱり……これでよかったと思おう……。
身長縮むってありえないことが起こってるんだが、俺にも説明なんてできないし。
何があったか聞かれないに越したことはない。
今は空気を読んでくれるクラスメイトに感謝しておくか。いつまで続くかわからんが……。
幸いにしてクラスの女性陣からは受け入れられている方だと思う。
遠巻きにしかめっ面をしたり無表情だったりする女子もいたが、そちらは少数派だ。
体格同じで性別が変わったわけでもないから、完璧に別人に見えるのだろうか。
男子生徒も似たようなものだ。元々俺と相性の良くない相手も含まれるからしょうがないっちゃしょうがないが。
「それにしても……、コレは想定外だ……」
俺は今、時間割を見て絶望している。
そう……。体育の授業だ。
当たり前だが、体操服に着替える必要があるのだ。
担任の先生が「ちゃんと考えてあるから安心してね」って言ってたが、まったくもって安心できない。
自分の容姿だけを客観的に見れば女子更衣室が自然なんだろうが、それは無理な話だ。
「それ以前に体操服も買わないとダメだよね」
俺の隣を歩く佳織がさらに現実的な問題を突きつけてくる。
「さらに言えば、このまま男に戻らなかったら水着も買わないと水泳の授業できないね」
……なん、だと!? 水泳? 水着? つまりスクール水着か!?
「……」
スク水を着た自分を想像してみたが間違えた。なんで身長百八十センチある男の自分に着せにゃならんのだ。
筋肉質の背の高い男にそんなものを着せて誰が得をするというのだ。
せめて今の自分に着せろ。……えーっと自分の姿ってどんなだっけ。まだなったばっかりでよく覚えてないな。
「とりあえず体操服を買いに行きましょ」
そうだった。今は佳織と一緒に買い物の最中だった。
学校指定の体操服は、もちろん学校の購買部でも売っているんだが、さすがに取り寄せだったのだ。
数日かかってしまっては間に合わないということで、直接取り扱いのある店の入っているモールまで足を延ばしていた。
……ついでに他にも買う物もあるからちょうどよかったこともある。
もちろん男の時の体操服なんぞ着れるはずもない。というか色が違うのだから無理だ。
ハーフパンツは男子が紺色、女子が赤色と決まっているし、上の半そでも襟の縁取りの色が紺色と赤色と違いがある。
しかし……、体操服と……水着以外に他に足りないものはないのか。
……ああぁ、制服か……。基本は私服の学校だから必要はないが……。
「うーん……、ちょっと見てみたいかも」
「何か言った?」
「……なんでもない」
ちょっと制服を着てみた自分を見てみたいと思ってしまったのは秘密だ。
小柄な自分には似合うんではなかろうか。
「それにしてもアンタ……、馴染みすぎじゃない?」
違うことを考えながら商品を選ぶ俺に、佳織が呆れた口調で同じく商品を選ぶ手を止めた。
「うん?」
ここはモールの女性服売り場の一角である。
お昼ご飯は佳織と一緒に摂り、すでに体操服やその他もろもろの買い物は終わっている。今は残りの時間を満喫するために個人的な買い物中だ。
俺は鏡の前で水色のワンピースを自分に当てながら佳織を振り返る。
「……昨日は嫌がってたと思ったけど」
うーん……、まあそうなんだけどな。
昨日は公衆の面前で女物の服を着ることに抵抗があったのは確かだ。
だけど家に帰ってみたらほら、他に誰もいないわけだし? 買った服は着てみたくなるというか? 誰彼憚ることなく着れるわけだ。
まあ簡単に言うとだな。
「一日で慣れた」
「……そういうものかしら」
いまいち納得できていないのか、佳織の表情は微妙だ。
しかし俺としては客観的に見ても今は容姿相応の行動を取っているはずだ。何も怪しいことはしていない。
そう思うとなんかね……。割と平気なんだよな……。視点を変えればってやつかな。
いやなんつーか、ホントに服がねーんだわ。昨日ある程度買ったが全然足りん。一人暮らし男の洗濯頻度舐めんなよ。あー、そうなると下着ももうちょっと欲しいな。
うむ。家の
いやちょっと楽しくなってきたな。
「よし次の店行こうぜ」
「……はいはい。……まったく。これじゃあたしが付き合わされてるみたいじゃない」
ははっ、そういやそうだったな。寝ぐせの激しすぎる俺に、まだ足りないものがあると気づいた佳織が俺を連れ出したはずだったが。
しばらく歩くと目当ての店が見えてきた。もちろんランジェリーショップである。
「はい? ……アンタ、堂々と入れるようになったからって、鼻の下伸ばしてるんじゃないでしょうね」
「は? 何言ってんだ。どこの変態だよ」
ジト目で俺を睨む佳織に、昨日の自分の行動は棚に上げてツッコみ返す。
「じゃあなんでまた来たのよ」
「足りないからに決まってんだろ?」
「……はい?」
「俺が毎日洗濯するとでも思ったか」
益々ジト目になる佳織に胸を張って言ってやる。
……と、佳織の細まっていた目が閉じられて、だらりと垂れ下がっていた右手がプルプル震えるように持ち上げられ。
「――洗濯ぐらい毎日しなさい!!」
またも佳織の叫び声が響き渡るのだった。
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