第9話 ざわめく始業式

 私立御剣高校は各学年ごとに十クラスずつある。

 が、学年が上がってもクラス替えが行われることがない。

 というよりも、教室そのものも変わることがないのだ。

 三年生が卒業して開いた教室が、次の新一年生の教室になるという変わった制度のある学校だ。

 そのおかげで、高校二年に進学した俺たちは、新しい教室を探すことなく以前と同じ教室へとやってきた。

 そしてこうして佳織に櫛で髪を梳いてもらっているのだが。


「……誰あれ?」


「……転校生?」


「いやでも真鍋と仲良さそうじゃね?」


「超可愛いんだけど!」


「ちっちゃくてかわいい……!」


「……ぺろぺろしたい!」


 超目立っていた。

 まぁ当たり前か。クラス替えが行われないということは、つまりそういうことだ。

 知らない人間が紛れ込むとすぐにばれるという事だ。

 っつーか最後の奴ヤバイな……。できるだけ関わらないようにしないと。


「やっぱり目立ってるわね」


「そりゃそーだろーなぁ」


「……なんでそんなに他人事なのよ。……というか、大変なことになってるのに馴染みすぎじゃないの?」


 軽く答えた俺に呆れる佳織。

 まあ確かに。なんでだろうな? 普通男が女になったりしないよな。

 ありえないことが起こってるんだが、俺はいたって普通だ。


「そうか? ……まぁこれはこれで楽しんでるけどな」


「あ、そう。……それならいいわ。はい、終わったわよ」


「おお、サンキュー」


 なんだかいろいろ髪を縛られた気がするが、まぁすっきりしたからいいか。

 鏡がなけりゃ自分がどんな髪型なのかわからん。

 机に置いていた鞄を掴むと佳織の席から立ち上がると、自分・・の席へと向かう。

 百八十ほどの身長があった俺の席は後ろの方だ。「前が見えない」と後ろの生徒から文句が出るんだからしょうがない。

 だがそこで教室中が騒ぎ出す。


「……あの、そこ、五十嵐君の席なんだけど」


 恐る恐る声を掛けてきたのは、俺の席の左隣に座る斉藤さいとうしずかだ。

 ロングストレートの髪が艶やかに輝くすらっと美人だ。窓際からの太陽の光で、より輝いて見える。


「おう、そうだぞお嬢ちゃん。五十嵐の変わりにお嬢ちゃんが座るってんなら、黒板が見やすくなっていいけどな」


 後ろから聞こえてきたのは、男の時の俺よりちょびっとだけ背が高い木島きじま祐平ゆうへいだ。

 バスケ部の名は伊達ではなく、それなりの背の高さを誇っている。まぁ俺はバスケ部じゃないが。


「おはよう、斉藤、祐平。ここはちゃんと俺の席で間違いないぞ」


「えっ?」


「……うん?」


 左と後ろにいる隣人が見えるように、俺も左側に体を向けて自分の席に座る。と、右手で机の上に置いてある自分の鞄を叩く。

 この鞄は紛れもない男の自分も使っていた鞄だ。

 俺の言動に、他の生徒も何事かと注目して集まってくる。

 ふと右側、教室前方にある幼馴染の佳織のほうを見てみると、あちらはあちらで佳織の友達が集まっているようだった。


 ――と、ちょうどそのとき。


 チャイムと同時に先生が教室に入ってきた。どうやら時間切れらしい。


「おはようございます」


 教室に入ってきたのは低めの声をした女教師だ。去年とは違う担任みたいだが、変わるのかな?

 生徒の注目が先生に集まる。とは言えまだ予鈴のはずだし、なにかあるんだろうか。まだ生徒も全員揃ってないが。


「始業式は校庭で行われますので移動してくださいね」


「ええっ!」


「マジで!」


 そこかしこから生徒の声が上がっている。俺もその叫びに同調したい。教室集合じゃねーのかよ。

 先生は一言だけ告げると、口にした言葉をそのまま黒板に書いて、教室を出て行った。


「あー、うん。続きは始業式が終わってからで」


「……お、おう」


「ええーーっ!?」


 表情とは異なる納得の声を上げる祐平と、不満爆発の声を上げる斉藤であった。

 まあしょうがない。グラウンドに移動しないとね。

 鞄を机に置いたまま俺は立ち上がると、そのままみんなと一緒にグラウンドへと向かった。




 グラウンドで始業式が行われている。まだ四月という事もあり、校長の長話に耐えられずに倒れる生徒は現れない。

 とはいえ俺の周囲では校長の話を聞いている人間は誰一人としていないだろう。

 なぜなら、ちらちらと俺を伺う視線が大量だからだ。


 クラスごとに男女二列で並んではいるのだが、もちろん俺はいつもの定位置のところに並んでいる。

 つまり男子の列だ。

 しかも出席番号順である。俺の名前は「いがらし」だ。なので……列の先頭だ。残念ながら「あ」で始まる人間はいなかったのだ。

 いくら俺が気になるからと言って、先頭の俺に話しかけたりすれば否が応でも目立つ。すぐに教師にバレる。

 ある意味質問攻めに合わなくて助かったかもしれないが。


 ほどなくして始業式の終了が告げられると、当然とばかりに周囲の人間が俺へと集まってくる。

 まぁ当然と言えば当然か。本来なら教室へ戻らないといけないが、縮んでしまった俺に興味が出ないはずがない。

 他クラスである左右の列の人間も例外ではない。


「……誰?」


「……五十嵐?」


「ちょーカワイイ!」


 以下、似たような囁き&叫びが続くが割愛させていただく。

 変態的なセリフも聞こえてきた気がしたがスルーだ。俺は何も聞いていない。

 とは言え、俺は聖徳太子でもないので四方八方からの疑問に答えることはできない。


「はいはい! 何やってるのあなたたち! さっさと教室に戻りなさい!」


 ちょっと収拾がつかなくなってきたと思ったところで、教師からの助けが入るのだった。

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