第6話 人間になりたかった猫の歌

 あれ?俺寝てた?何で腹減ってるんだ?

 牛乳飲んだよな…?あれ、誰かと飲んだ?競い合って…そうだっけ?

 なんか凄く嫌な目で見られて、怖かった気がする。不良に絡まれて殴られて気を失ったとか?いやいや、そんな漫画みたいな事…

 誰かが俺の尻尾にじゃれてた気がするけど、尻尾って…!

 違う違う。女の子に会った。橋の下で倒れてた。隣に自転車も倒れていたから事故った⁉︎と思ったけど、気を失ってたみたいで…と思い出したのは、さっきの女の子が俺を覗き込んでいたから。

「尻尾はダメだ…」

 思わず呟いてた。何言ってるんだ、俺。

「あ。やっぱり、昼間の…?どうしたの。大丈夫?」

 周囲が暗い。もう夜か⁉︎急いで立ち上がると、

「大丈夫です!」

 そう言った。

「なんか昼食べそびれて、部活の練習で疲れて、ちょっと休憩のつもりが寝ちゃったみたいで…」

「こんな所で?」

 だよね。橋の下の草むらで…でも

「君だって、さっき…」

 と言うと

「私は、昼抜きで急いでいて、暑くて、目が回って倒れたの。仕方ないでしょ」

 恥ずかしそうに怒ったように言った。

 そして2人のお腹がぎゅーっと鳴った。彼女は顔を赤くしたけど、その後目があって、くくく…と笑い出した。

 なんかずっと俺ら腹空かせてたよね?

「昼抜き?」

「うん。バイト掛け持ちで」

「俺は部活の練習で」

「何やってるの?」

「軽音」

「お〜らしい感じ」

「そう?どう言うイメージ?」

「や〜モテそう?」

「何だそれ」

 たわいのないやりとり。何だかずっとこんな感じな気がする。

 そして彼女は、はい。…と紙袋を差し出した。

「たい焼き。食べよう。お姉さんのおごり」

「何でたい焼き?」

「お腹空いて血糖値あげたい気分だったの」

 彼女は1つ取り出して、尻尾にかぶりついた。

「やっぱり尻尾…」

 そう言いながら、俺も1つ貰って胴体にかぶり付く。

「そこから食べる人初めて見た!」

 彼女はそう言って笑った。

「まず、急所を仕留める」

 たい焼きの顔の下、首筋あたり。

「生存本能強いね、黒は」

 思わずそう言ってから、不思議そうな顔をして口元を押さえた。それから吹き出した。

「たい焼き咥えてるその姿、猫だね」

 黒とキャラコみたいにじゃれつきたい衝動と戦った。何だよ。自然な行動じゃん。人間って不便…

「猫になりてぇ…」

 思わず呟く。

「イケメンのお兄さんが遊んでくれるしね」

 彼女が含みのある笑顔を見せる。

「…でも、カラスに狙われるのはごめんだな」

 ぞっとした嫌悪感が沸き起こった。

「人間の何が不服?」

 と聞いてきた。

 初対面の君とじゃれつけない…なんて答えられないじゃん。

「色々と…面倒」

「ふぅん?」

 彼女が笑う。

「お腹が空いて寂しいのは嫌だな…」

 凄く実感込めて寂しそうに言った。

「俺ら、人間なのに腹すかせてるじゃん。倒れるくらいに」

「確かに」

 思い出したようにもう1つたい焼きを取り出した。

「君は何で部活でそんなに疲れてたの?」

「文化祭の練習で、意見が合わなくて」

 ん?と言う顔で促され、話している内に熱くなった。でも妙に冷静だった。そうか、言いたいのはそう言うことだ。

 好きなバンドや歌はある。でも、誰かの言葉で誰かの音楽だよね。歌うならさ、自分の言葉で、自分の音で語りたいじゃないか。猫が鳴くように、人が言葉を話すように、俺らは自分の音楽で語るんだろ?鳴いても伝わらないかもだし、言葉は時々失敗するし、歌で伝えたい気持ちも上手く伝わらないかもだけど、黙って蹲って、強い奴らの餌食になるより良いじゃん。

「何か歌って」

 突然彼女はそう言った。

 背筋を伸ばして暗い夜を見つめながら、呟くように歌い出す。

 彼女は耳を傾けてくれる。キャラコに戯れるように歌が流れ出す。


 人間になりたかった猫の歌


 眠っているのか 起きているのか 分からない

 いつもお腹が空いていて 頭はくらくら

 鋭い目が 俺を食い尽くそうと狙ってる

 ダメなんだ 小さくて ダメなんだ 弱くて

 誰か俺の声を聞いてくれ

 弱くてちっぽけだって 希望はあるんだよ


 人間になりたい 自分の足で立ち上がるんだ

 人間になりたい 自分の言葉で伝えたいんだ


 何もない草むらで生きていても

 俺は叫ぶぜ お前らにも聞こえるように ここから始まるんだ


 夢を見ていた人間になった夢

だけど明日にはきっと猫に戻ってる

 だから、今だけ たった一度だけ

 今、このチャンスに叫ぶんだ

 俺たちは生きている


 人間になりたい なれるかやってみろ

 人間になりたい なれたならやってみろ


 声を上げて歩き出せ

 俺たちは生きていく

 声を上げて生きていくんだ


 

 にゃあ。黒が鳴いた。

 にゃあ。キャラコが応えた。

 人間もお腹空かせるんだね。

 人間も大変そうだね。

 僕たち、猫で良かったかな。

 私たち、猫で良かったかもね。

 ちょっとだけ、人間になってみた。

 辛くて、寂しくて、困っても、1人じゃないよ。

 僕たち猫は何処にでもいるからね。

 私たちがいつでも人間の味方だからね。


 多分いつかきっとじゃれ合う日がくるよ。

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そして歌があふれる 月島 @bloom

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