人気者になりたい!
foxhanger
第1話
あるところに、ひたすら地味な女の子がいました。容姿もほどほど、勉強もほどほど、そして特技、特記事項なし。
地味で地味で、どれくらい地味かというと、遠足の団体行動に置いて行かれたときも、誰もそのことを気づかなかったくらい。。
でも彼女は、心の中でずっと願っていた。人気者になるのを……。
夜中。彼女は眠れずにいた。
「あーあ。人気者になりたい……」
呟くと、窓の外から声がする。
「その願い、叶えてあげましょう」
窓の方を見ると、開け放たれた窓の枠に、少女が腰掛けていた。
「誰? 何なのあなた」
「魔女です」
「はあ?」
ぽかんとしてしまったが、冷静になってしげしげと見れば、その出で立ちは奇妙だった。
黒いローブに長い黒髪。吸い込まれそうな黒い瞳。たしかに、「魔女」のような出で立ちだ。
「まあいいわ。あなた、ほんとに魔女なら、願いを叶えてみせてよ」
「いいですよ」
「じゃあ、わたしを人気者にして! お願い!」
「承りました」
魔女は顔色を変えず、ぱちん、と指を鳴らした。目の前でなにかが光った、ような気がした。
「どうなったの」
「えいっ」
次の瞬間、魔女の指先から光線が発せられた。光線は彼女の手をかすめ、鋭利な刃物のように小指を切り落とした。
「……きゃあ!」
魔女は微笑んでいる。
「よく見てご覧なさい」
傷口は塞がり、肉が盛り上がり、小指の形になった。
そして、テーブルの上に落ちた小指が、みるみるうちに形を変えていく。分裂し、マカロンの形を取った。
「お菓子が!」
「食べてご覧なさい」
一瞬躊躇ったが、口に運んだ。舌に載せてかみ砕くと、頬が緩んでくる。ごくり、と嚥下したあと、ふうと幸せそうな息をついた。
「……美味しい!」
「でしょう」
「これを、みんなに振る舞えばいいの?」
「そうです。ただし、ひとつだけ、忠告します。そのお菓子を出しているところは、決してほかのひとに見せてはいけません」
「わかりました」
次の日。
早速、試してみることにした。
果物ナイフを手に取る。耳をそぐと、たちまちのうちにモンブランになった。薬指はガトーショコラに、親指はイチゴタルトになった。
そうやって出したお菓子を彼女はトレイ一杯に乗せて、教室に持っていった。
「召し上がれ!」
「おいしいじゃん!」
「手作り?」
「まあね……」
「あなたに、こんな才能があったなんて!」
みんなは口々に、彼女を褒めそやした。すっかりいい気分になった。
その日から毎日、彼女はお菓子を惜しげもなく振る舞い、彼女はクラスの人気者になった。そぎ落としてお菓子に変えた指も耳も、すぐに生えてきた。
魔女に言われた戒めを破るつもりは、さらさらなかった。
こんなのを他人に見せられるわけ、ないじゃない。そんなことは、考えなくても分かる。
そんなある日。
今日も指を切って、お菓子を出していた。
それはもはや、毎日の習慣になっていた。
みんなは美味しそうに食べてくれる。みんなはわたしのお菓子を楽しみにしてくれている。それを思うと、我知らず顔がほころんだ。
そのとき、気配を感じる。
振り向くと、うしろに、クラスメートが立っていた。皿の上に落ちた中指はチーズケーキに変わったところだった。
「見ちゃった……」
(……ばれた?)
顔が引きつる。
「え、えっとね……
(こんなの見られてたら、引かれちゃう。もう、人気者のわたしも終わりだ……)
しかしクラスメートは、満面の笑みを浮かべて、言った。
「食べさせて!」
そういって、手をつかんで、がぶりと噛んだ。
「美味しい!」
食いちぎり、美味しそうにかみ砕く。
「もっと食べさせて」
腕をぐいと引っ張る。シャツの袖がまくれ、露出した白い二の腕を頬張る。
「ああっ!」
太い血管が破れ、周囲に血が飛び散る。そのときあたりに、甘いにおいが漂った。
「クランベリージュース!」
流れる血を啜る。
「やめてえ!」
そのとき。
「なんか、いいにおいがする……」
開け放たれた扉から、通りすがりの生徒が入ってきた。それを皮切りに、次から次へと、生徒たちが入ってくる。
我先にと彼女に群がってとりつき、身体にむしゃぶりついた。
「わーなにこれ。おいしー!」
「ぼくも食べたい!」
「わたしにも!」
「だめえ!」
「おいしい!」
「助けて……痛い……」
「すごいわ。この苺ジャム、あまーい!」
「最高!」
そして、皆が特上のスイーツをたらふく食べて満腹すると、三々五々と去って行った。教室には、壁や天井にへばりついた血しぶきの跡と、食い散らかされて、骨だけになっていた彼女が残された。
どこからか、声が聞こえる……。
「おやおや。こんなことになってしまって。あれほど、ほかのひとに見せてはいけないと言ったのに……」
人気者になりたい! foxhanger @foxhanger
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます