アディショナルタイム

エピローグ(1)

 ホイッスルが長く長く鳴り響いた。


 もう一度スコアボードを確認すると、俺は真賀田コーチや宮瀬コーチと握手を交わした。


 すでに宮瀬は号泣していた。


 普段は冷然とする真賀田だって顔をくしゃくしゃにしていた。


 サブメンバーはコートに駆け出していた。


 スタンドからは大歓声が轟いている。


 TGAの選手たちはその場に崩れ落ち、悔しさを噛み締めていた。


 結城監督は天を仰ぎ、スタッフたちは項垂れていた。


 イシュタルFCの選手たちは互いを抱き合い、喜びを爆発させていた。


 だが、ふと全員で駆け寄ってくると、まず宮瀬が餌食となった。


「——わわ、高い! 高いですから!」


 次に胴上げされた真賀田コーチは子供みたいに泣いていた。


 それから俺が担ぎ上げられる。


 これは夢なのだろうか。


 宙に放り出される中、何度も何度も何度も、スコアボードを確認した。


 現実だった。


「——おい、つか誰だ! 今、股間触ったやつ!」


「無礼講やん!」


「杏奈か!」


 地面に下ろされ、俺はもみくちゃにされた。


「それでは例の如くいきましょう!」


 さっきまで号泣していた宮瀬はすでに水中眼鏡をかけていた。手にはボトル。


「ご安心を! ノンアルです! ウチは未成年もいますからね!」


「用意がいいな!」


「はっはぁ! 当然! 君たちならやってくれると思ってましたよ!」


 栓が開けられたが不発。


「あれ?」


「振らんと! 貸してみ!」


 ボトルを奪った杏奈は、これでもかというぐらい、新たなボトルを振りしだえた。


「ほな行くで!」


「俺に向けるな!」


 だがめちゃくちゃかけられた。甘ったるい汁を拭った時、全員がボトルを構えて俺に狙いを定めていた。


 俺は全力で逃げた。


 九〇分をフルに走って、一体どこからそんな体力が出てくるのだろうと疑問せざるを得ない。


 追い詰められて俺はジュース塗れになった。


 そこへ、テレビ局のアナウンサーが息を切らせながらやってきてマイクを向けた。


「お……おめ……でとう……ござ……いま……す。今の……お気持ちを……一言」


 するとマイクを奪った由佳はこう告げた。


「お願いします。私たちを助けてください」





 優勝から月日は流れ、新年を迎えようとしていた。


 マスメディアの対応に、他チームとの連絡、それから事務仕事に、引継ぎとか諸々。そんな目まぐるしい日々はあっという間に過ぎて行ったのだった。


 優勝した翌日から、選手たちは署名活動を行った。チーム存続を願う声は実に一〇万人を越え、協会もこれを無視できなくはなった。また、十四連勝というリーグ記録に加えて、優勝を無視しないスポンサーもおらず、あれからすぐに資金提供の話がたくさん舞い込んだ。


 これによりイシュタルFCの存続は決まった。


 とはいえ、同じ形のまま残るわけではなかった。


「――本当に行っちゃうの?」


 由佳はそう問いかけた。


「もう決めたことだ」


 空港のロビーには、イシュタルFCのメンバーが集まっていた。


「寂しくなるね」


 俺は改めて勉強のためにと、海外チームのスタッフから始めることにした。


「チームは存続したのに、ほとんど移籍して、これじゃあ何のために戦ったのか……」


 去年の活躍により、主力のほとんどは他チームへ移っていた。由佳もかなり条件の良い話があったらしいが、イシュタルFCに残ることを決めたようだ。


「何言ってんだ。勝って終わりじゃない。俺たちの道はずっと続いている。より高みへ、より上へ向かうことに躊躇いなんてない」


「そう……だね」


「じゃあまたな」

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