軌跡(10)

「えー、本日相手にしますは暫定首位の川崎です」


 まさに戦乱の世。


 下克上で入り乱れる今シーズン、俺たちは次から次へと優勝にもっとも近い相手との連戦だ。


 正直、前節の埼玉戦から選手たちの疲れが完全に抜け切っているとは言えなかった。今日を含めて残り五ゲーム、最高のコンディションで挑めることはもうないのだろう。シーズンを目一杯戦った疲労は蓄積し、苦しい戦いが続く。どこまで自分を出し切れるかが勝負の鍵。


 けれど救いなのは。


「本日の先発は真穂」


 あと出しジャンケン的ではあるが、一番若くて一番体力に不安のある真穂を、ここまで途中交代で使ってきたのは、こういった万が一の場面でなるべくパフォーマンスを落とさないとの思惑があった。


「ついにきました! 最終兵器がフル投入される日が!」


「頼もしい限りやで!」


「アンコちゃんもね!」


「アンコちゃん言うなや! うちはこのツインテのぼんぼりをピカピカ光らせて、暗い海底と言っても過言ではないこのチームを照らすんやで」


「アンコウちゃん!」


「ほれ、もういっちょ!」


「アンコールちゃん!」


「……お前らいつの間にネタの打ち合わせしたんだ!?」


「「ザ・以心伝心」「心!」」


 ちょっとずれてるし。


 とは言え肩を抱き合って、満面の笑みを見せつけてくれるコンビは頼もしい限りである。元気印の二人が喋ると、ムードは活気付く。


 というか、杏奈はチーム一の運動量を誇りながら、よく元気なものだと感心しかなかった。


 もっとも、今はただ一つの目標に一直線であり、ずっと神経が研ぎ澄まされているから気づかないだけかもしれない。誤魔化すことはできても、いつ体が悲鳴をあげてもおかしくはないのだ。しかし今日はフルで持ってくれなくちゃ、強者である川崎との勝負がどう転ぶか怪しくなる。


「さて、俺たちが今日勝って川崎を、三日天下ならぬ一週間天下にしてやろうぜ」


「明智光秀やな! うちらは織田信長なんやで!」


「歴史のお勉強もよく出てきてて、偉いぞ杏奈。だが、織田信長も豊臣秀吉に天下を譲った」


「となれば、徳川家康やな。……ん、でも結局幕末には大政奉還があって、その明治政府も大戦に陥って……じゃあうちらは誰をお手本にすればええんや!?」


「他の誰でもない。君たちは君たち、だろ?」


 由佳はいつものように手を出し、色とりどりなミサンガが顔を覗かせる。


「残り五ゲーム。負けてもいい、でも負けたくない。わがままに付き合ってほしい。手を貸して。足を貸して。心臓を、頭を、体を、細胞すべてを。私も全部捧げる。勝利のために――」


 ここに集いしものは全員同じことを考えていた。コートに立つイレブンにベンチ入りの十八名を加え、さらにスタッフも入れれば、三十人弱の全員は同じものしか考えていない。あと戻りはできない。後悔しても二度と今日という日は戻ってこない。一戦一戦が命がけ。


「Live and let live !」


「「「We are イシュタル!!!」」」


 ここに歴史を残そう。




 入場前、コートへ続く通路にはイシュタルFCとヴィルトゥオーサ・川崎の選手たちがエスコートキッズと並んで、待機していた。


「――やあ、白井真穂」


「あ、どもです、芒……えっと?」


「蓮花だよ。でもススでいい。私も君のことを真穂と呼んでいいかな?」


「もちろんです、ススさん」


「ところで今日は久しぶりに先発のようだね」


「監督にソデノシタ渡しました」


 芒選手は目を皿にしたが、くすりと笑みを零す。


「月見健吾はそんな男じゃないだろうに。君を今日先発で使ったのには、必ず理由がある。君の方がそのことをよく知っているだろうに」


「もちのろん! 国士無双!」


「……麻雀好きなの?」


「別に?」


「ほんと、君は変わってて面白い」


 芒選手は笑顔を消した。


 途端に目つきはプロ選手としてのそれと変わる。


「前回の敗戦から、君たちに勝つ方法だけを考えてきた。だから今日は、前回みたいにはいかないよ。私も今日はとても気分がいい。負ける気がしない」


「私たちだって負けません」


「共に10番という数字にふさわしいプレイをしよう、真穂」


「はいっ」


 選手たちはナイターの明かりが煌くグラウンドへ向かった。

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