軌跡(3)

「――香苗! 最後のはいいプレーだった!」


「はい、でもまだ足りてません。鹿島の11番には遠く及んでいない」


「少しずつでいい。たった一つずつでいい。君のペースでできることを増やせれば、十分チームの力になる」


「はい!」


「環から杏奈までの連携も素晴らしかった。君らは最高だ!」


「せやろ!」「だにゃん!」


 自画自賛のお二人に対して。


「アンコさんは決定力が課題ね。フィニッシュを決めて欲しかったわ。そうすれば後半の入りがもっと楽だったのだけれど」


 冷静なご指摘の紫音様。


「アンコって! まだそのネタ引っ張るんかいな!」


「餡子!?」


 釣れた心美。天丼である。


「てゆか、おしん。そっちこそ、今日はあんま仕事できてへんやん」


「……悔しいことにね。あっちの三番、スピードと一対一の強さがあるわ」


 基本的に鹿島の選手は全体的にまとまっている選手が多い。突出した才能は多くないものの、チーム力は圧倒的に上だ。昨年もアジア大会でベスト4につけるほど。


 こんなチームに勝とうというのがそもそも無謀なのかもしれない。


 だけれど。


「俺たちは常に無謀と戦ってきた。君たちは俺に不可能なんてないと常に見せてくれた。王者を食ってやろう。君たちならそれができる。後半、アクセントと想像力を加える」


 真穂、と俺は呼んだ。


 投入には少し早いかと思ったが、いい流れを加速させたい。


「お、ついに最終兵器の発艦やで」


「最終兵器言うなし」


「マホマホの魔法期待しとるで」


「うん」


 そこで、後半に向けての円陣が組まれた。


「We are イシュタル!」


「「「Let's go ahead !!!」」」




 グラウンドに戻ると、今が九月の終わりだと言うことを実感した。ついさっきまで、強烈な日差しと長引いた夏の暑さが鹿島の空を支配していたけれど、ふと舞い込んだ冷たい風に、夏の去った寂しさを肌で感じた。


「暑さ寒さも彼岸までと言います。ようやく、スポーツのしやすい季節ですね」


「秋の七草が揃う季節でもありますよ」宮瀬がニッコリ。「まさに食欲の秋! 食って走ってまた食って寝る! 体を強くするためにあるような季節!」


 果たして俺たちは雑草で終わるのか、桔梗や撫子のように美しい花を咲かせるのか。あるいは別の誰も見たことのない花を咲かせてくれるのか。


 そんな期待の芽を摘むように、グラウンドの刈り取りに出た鹿島。


 最終ラインを高く保ち、後半開始早々からハイプレス。


 さすがは知将。


 萌や芽にゲームメイクさせまいと、圧力をかけてくる。安全な出しどころはない。誰もがディフェンダーを背負いつつ受け手に回るしかなく、かろうじてボールが入ったとしても次の行動をしやすいように収める暇がなかった。


 ワントラップでも入れようものなら、確実に取られかねない。


 したがって、ワンタッチないし、最悪ツータッチまでに次へ渡さなければならない逼迫した状況が続く。


 苦し紛れに前線へ放り込まれたボールは精彩を欠き、セカンド、サードが繋がらない。そうして主導権を握られ、あわや三点目というピンチをなんとか皐月が凌いでくれた。


 しかしコーナー。


 11番が厳しい寄せを受けながらも当て、再び皐月が超反応でパンチング。ゴール前の混戦。もみくちゃになりながらも粘り強く凌いで、大きく蹴出された。


 いつもより深く下がってきた香苗が受ける。


「ブサイクでもいい。そこで踏ん張れ。それが君の存在価値だ」


 香苗はディフェンダーを背負って、奮闘した。何度も取られそうになるが、長い足を活かして、粘っこくキープ。


 そこへフォローに入った真穂が縦へダイレクト。


 風を切り裂くように駆け抜けた紫苑。


 一切無駄のない運びでゴール前。


 キーパーの足元へ通された。


 突き立てられる一本の指は、まだ取れると言わんばかりにファンへ示されたものだった。


「……本当にあの子たちは、一つずつ、成長してくれています」


「今ので布石を打てた」


 鹿島からのキックでゲームは再開。追加点を取りに来るが、ここは芽がアグレッシブにカット。間髪おかず、拾った萌が再び長いボールを香苗に当てる。


「自己表現しろ、香苗。君はもっと自由になれる」


 フェイクを一つ、香苗は中央でディフェンスを抜いた。ディフェンスとキーパーが挟んで来たところで、フリーの紫苑へ思いやりのある優しい横パス。


 鬱憤をすべて晴らすかのように。


 放たれたシュートはゴールネットへと突き刺さった。


 同点弾。


 エースストライカーが試合を振り出しにしてくれた。


 流れは完全に傾いた。こうなると、両翼が十二分に活きてくる。環のドリブル突破から、さらに縦へと飛び出した杏奈のクロス。


 これに頭から飛び込んだ香苗が押し込んで勝ち越し弾。


「……ゾーンに、」


「入ってきたな」


 鹿島もワイドに攻め立てるが、これを芽が冷静に処理。再びボールを受けた香苗が息長くコントロール。狭い場所を抜けてきた真穂が中へ切り込んでからの、紫苑。


 だがサッカーの女神様にそっぽをむかれ、惜しくもポストを跳ね返る。


 ここが時宜であると見越した鹿島は7番を使う。ロングカウンターが放たれるだろうとの予測には反して、中央の長い距離を運んだ。まず心美は振り切られ、次にスライディングで飛び込んだ真穂もかわされる。7番はエンジンを再点火。続いて由佳は勢いをすら殺せずに抜き去られた。


 ここで7番が超ロングボールを放った。


 俺は天を仰ぐ。


 放物線を描いたボールはキーパー皐月の頭上を高く超え、するするとゴールへと吸い込まれていく。


 試合を振り出しに戻す得点。


 後半三〇分に差し掛かったところだった。


 まさか誰も予想だにできない超超ロングシュートを決められ、それぞれのサポーターからの沈黙と大歓声が入り混じった。


 俺と榎監督はそれぞれ動いた。


 右サイドに三岳を入れ、杏奈をウイングにあげる。対して榎木は前線に足の速い選手を入れ、双方とも殴り合いを選択。そこからの約一〇分間は、互いにアウトレンジからの殴り合い。味方選手の疲労などお構いなしで、スペースの広いサイドを共に攻め立てた。危ない場面もチャンスも幾度となくあった。しかし互いに肉体的にも精神的にも疲労はピークに達し、フィニッシュが遠い。どちらも完全に崩されたが、決め切れないもどかしさが続く。


 後半四十四分。


 ここで7番から絶望的なスルーパスが放たれた。


 代わりに投入されたフレッシュな21番が裏へ抜け出した。


 が。


 自陣の半分ほどにまで飛び出していた皐月がヘディングで21番とぶつかり合いながら競り勝った。


 二人ともコートに落ち、審判はホイッスルを咥えた。


「心美!」


 ウチでも超ロングボールを得意とする選手は、狂気的なパスを送った。


 コンマ一秒でも判断が遅れていれば、千載一遇のチャンスを逃したことだろう。


 審判はアドバンテージでゲームを流していた。


「――頼んだぞ」


 ベンチの前を切り裂いたツインテ。


 体勢を崩しながら、ややもたついて胸で受けた杏奈。そこにはもうキーパー以外誰もいなかった。慣れない左足で、キーパーから遠いゴールサイドを狙った。


 キンっ、と弾かれる。


 誰しもが絶望――はしなかった。


 そこには香苗が詰めていたのだ。


 待望の勝ち越し。


 イシュタルFCは、ベンチもサポーターも選手も皆、拳を突き上げて叫んだ。


 が、喜びも束の間。


 スタッフ一同は、倒れ込んでいたままの皐月たちのところへ飛び出した。相手の21番に怪我はなかったようではあるが、皐月は皮膚を少し切って血を出していた。意識はあるようだから心配するほどではないかもしれないが、安全を取って最後の後退枠を使うことになる。


 残りはロスタイムのみ。点差は一点。ここでデビュー戦を迎えるサブキーパー。


 気は抜けなかった。


 ラストまで、前線には香苗一人を残し、俺たちは引いて守る作戦に出た。

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