軌跡(2)
先手を打ったのは鹿島。
ミスなく隙のない最効率なパス回しは精密機械の如く。
たった三本のパスで最終ラインをこじ開けられた。
抜け出した11番は萌と芽の二人を背負いながらも、ゴール前での切り返しから中に折り返し、7番のミドルが炸裂。
皐月は触れることさえままならなかったが、ゴールバーに命拾い。彩香が大きくクリアリングして香苗に送るが、セカンドを拾えず再び鹿島。
「今のプレー、香苗にやって欲しいところではありますね」
「鹿島はトップにああいう選手がいるから、スリートップを敷かなくても崩せる術を持っている。どちらかというと、ワントップ、ワンシャドーの4-4-1-1と言った方がいいだろう」
「けれど、そのトップに確実に入れられる選手が7番」
俺は頷いた。
センターハーフやボランチ、アンカーなど、各チームの中心点には必ずしも、もっとも優れた選手が配される。チームの中で誰よりも巧く、誰よりも頼りにされる人材だ。今の場面、ウチの中軸が抑えきれず、7番を自由にさせてしまったのがそもそもの原因であった。
由佳と心美はそんな選手たちとずっと戦っていかねばならない。
「しかし監督はあえて今日、中盤の枚数を同じにしました。それは、由佳や心美が通用すると考えてのことですか?」
「完全に同じ枚数ではないが。守備時には両ウイングが中盤に参加して、スペースを埋めてもらう。鹿島の安定感は中盤の選手がハイレベルにあること。そこで真正面からやり合ってもおそらく勝機は薄い」
「だから攻撃時には3-2-5という変則的なシステムを指示した」
宮瀬コーチの言葉を借りるなら。
「ロングボールを主体としたアウトレンジ戦法」
「しかし、このプランを実現するには……」
「そう、由佳と心美が鹿島の7番や6番にそれぞれで勝てなきゃならない」
「……難しいでしょうね。あちらは経験豊富な専門家ですから」
「真賀田さん、決して俺は二人が通用しないなんて思ってない。二人でなら、二・五人分くらいの仕事はしてくれる」
その7番を由佳と心美が囲んで、ボール奪取。心美が一気に香苗へ出した。しかし香苗はCB二人の挟撃にあい、これをあっさり零すと、カウンターを喰らう。サイドを深々と抉られ、芽が対応にあたるも、鹿島の8番は柔らかなテクニックで翻弄。
クロスを挙げられた。
中には萌と彩香。
しかし鹿島はすでに三枚が張っていた。
「芽が飛び出した分、数的不利に不利なマッチアップ……」
中央には背の高い11番。
「大丈夫だ、見えてる」
萌は、フリーにすれば怖いニアポストに入った11番を無視して、落下点を先読み。
ハイボールを弾き返して、これを心美が拾う。
早速、前線に五枚が揃った。
心美は紫苑を選択。
が、冷静に対処され簡単には抜かせてくれなかった。環がフォーローに回るも、鹿島は厳しいチェックで自由にはさせない。一旦、作り直すしかなかった。
「確かに前線は数的有利を作れていますが、鹿島はきっちりゾーンで対応し、スペースが潰されていますね」
「香苗が引き付けてくれたら、空いたところに環が入っていけるが……」
今日のキーマンは確実に香苗、それから由佳に心美だった。ここが勝負になってくれないことには、鹿島の強固なディフェンスシステムを突破できない。
もちろん鹿島の6、7番は守備も優秀だ。
特に、距離的に近い位置にある由佳は先ほどから7番の執拗なプレスに合い、一本も前向きな選択をできずにいた。安全策ばかりを選択していたから当然。
読まれてショートカウンター。
「……絶妙だ」
11番が突破してくるかと思ったが、芽が体重を乗せて詰め寄ろうとしたところで、頭上を越すループパスが出され、9番が一気に抜け出した。
萌は体を当てていたが、これを力技でねじ伏せられた。
「最前線でのキープ力に加えて、技ありなパスまで……」
前半開始十五分、先制点を得たのは鹿島だった。
「あれをされると、二枚はつけにくくなりますね」
「今のままでいい。芽には11を警戒してもらって、萌には9をケア。これ以上どうしようもないようなら、フォーバックに戻して一枚増やすしかなかろう」
「となると、今日の試合は今まで以上に個々同士の力の差がモノを言いますね」
全員で助け合うと言えば聞こえがいいけれど、援護にも限界がある。
ゲームが再開し、我慢の時間が続いた。ボール支配は完全に鹿島が手中に収め、6、7番が次々とスペースへボールを供給。一番苦しそうなのが、由佳だった。心美も懸命に彼女を庇っているけれど、そうなれば、右サイドのギャップが生じ、鹿島は徹底的にそこを突いた。
「……ウチのシステムは、ほんと杏奈がいないと機能しないと言ってもいいですね」
直線番長に危ない場面を何度も救われた。無論、その信頼があってこそ、今日もトップチーム相手にリスクのある新しいことを打つけたのだ。
「もしかして月見監督の理想って……」
「今日、このシステムで通用することがわかったら、俺たちはもう一つ上のレベルに行ける」
だがそれには、香苗が一皮剥けてくれないと見えてこない。
「イシュタルFCの選手を最大限に活かせるのは、やっぱり狭いエリアでの乱戦」
久しぶりに心美が鋭い指揮棒を振るい、香苗がダイレクトで舞に落とす。横軸をドリブルで運んでからの、環とスイッチング。さらにヒールのワンタッチで落とされて、再び心美が紫苑へ展開。
が、簡単には抜けきれず、切り返しからのマイナス方向へクロスを上げざるを得なかった。
受けた杏奈は中へ切れ込むも、きっちり対応され、ボール主導権を奪われた。
「……やられた」
7番は、圧巻のロングパス。
11番の利き足に寸分の狂いもなく収まった。柔らかく9番に返し、ボールは一度も地面に落ちることなく、完全にゴーストタウンの左サイドへと放り込まれた。
さすがの杏奈も未だ遥か後方。
相手8番はそのままゴールへ直進し、丁寧に流し込まれ追加点。
「何度もやられてきた黄金失点パターンです」
「不本意ながらな。当然鹿島は杏奈が上がりきっている隙を見逃さない」
杏奈というキャラの長所であり弱点。弱点であり長所。
「このパターンで取られるのは仕方ない。割り切ろう」
とはいえ二失点目というのは、プランを修正せねばならない岐路点でもある。
俺は、大学ノートを膝に抱えて真剣な眼差しをピッチへと送る真穂に目を向けた。
しかし攻撃に転ずるとしても、守備がガタガタでは意味をなさない。
「芽」
と、ベンチに近かった彼女を呼び寄せて、俺は修正の指示を出した。
「それ、面白そう。うん、やってみる」
「またあなたは……この絶望的な状況で恐ろしいことを言いますね」
「開き直ろうぜ、真賀田コーチ。通じないことがあればチャレンジ。それでダメだったらまた考えればいい」
今日は点なんてくれてやる。
「頼みの綱は、やはり香苗ですか」
俺が出した指示は、中盤ガン無視。最終ラインから脳死のロングボール戦法だった。ゲームメイクを萌ないし芽に託し、由佳と心美を攻撃時は囮にする作戦だ。
これによって、中盤で奪取されたショートカウンターリスクをゼロにした。
鹿島のシュートはキーパー正面で切れ、一旦彩香にボールが入る。
すかさず由佳が受けにきて、萌。
ダイレクトで香苗に放り込む。
その瞬間の、環のオフザボールの動きは絶妙だった。フェンントを一つ入れ、ディフェンスの脇をすり抜けた一瞬、香苗は空中で競り合いながらヘディングで流した。
ワンタッチ――ボールを受けた環は走りながら踵に当てた。同じく中央に絞っていた紫苑が胸で受けた。
それを、ボレー気味に右サイドへ。
ジェットエンジンの点火された杏奈に繋がった。
体勢を流しながらも、キーパーの頭上へループシュート。
しかしこれは惜しくもゴールを外れた。
そこで前半終了。
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