おれたちがかんがえたさいきょうのさっかーちーむ(4)

「――今日の試合」


 大阪戦が明けた夜、俺は結城さんに呼び出されてまたバーである。というか先週も付き合わされた。


 酒のグラスを挟んで、テーブル上にはチェス盤。すっかり、相手をさせられていた。


「どちらに転ぶかは微妙なところだった」


「ああ、チーム力ではもちろん大阪が上回っていたし、運が良かったのもあった。9番が普段通りなら、もっと苦しめられていた」


「いや、俺はもっと大差で勝てると思ってたがな」


 俺はチェスの駒を進めて、結城の顔を見上げた。



「結城さん、それは机上の空論だ。俺たちが昨日までに準備できたのがあそこだった」


「まあそれはそうなんだが、俺にはイシュタルFCがまだ底を見せていない恐ろしさを感じた。ゲームが始まるまでの先週であれば、俺の予想は大差で負けると思っていた。しかしゲームが始まると、チーム力の差は、突出した個性と戦術で完全に均衡にまで行っていた」


 結城もまた駒を進めた。


 俺はナイトを奪われて、盤上は苦しい場面だった。


「固定だったスタメンを変えたり、途中から入ってきた選手はきっちり自分たちの仕事をした。単純に見て、サブの底上げが行われていた。そういう意味で、君たちはまだまだ伸びてくるんだろうとね。試合中でも進化を感じた。特にCBの二人が成長著しい。もはや完全にチームの土台として、どこのチームにいても戦力となれる素地がある」


「芽が累積で出られなかったのは痛かったが、その間に萌が成長した」


「たった一節で大きく変わるもんだな」


「出られなかった芽もちゃんと萌やチームを見て、自分の役割を明確にしたんだろう。萌が相方がいなくともやってくれるとわかったから、彼女はリスク覚悟でアグレッシブな守備ができた」


「まあでも、影の功労者はキーパーの彼女だな」


「ああ」


「ともすればその三角形ラインが是が非でも欲しくなってきた」


「あんたのところは戦力が充実してるだろうに」


「なあ月見くん。俺は強固な守備を売りにするチーム作りをしていると思っているだろうが、それはある意味で勘違いだ」


「というと?」


「もしも最強のCBがいたとするのなら、最終ラインは究極一人で事足りる。すなわちそれは、中盤やあるいは前線に対してさらに厚みをかけられるということだ」


「それも机上の空論だろうに」


 歴史的にもディフェンスの重要性が説かれて、現代はスリーバックないし、フォーバックになったのだ。


「だからこそ、ディフェンダーの限界が2バックシステムだと思っている。たった二人で支えられるディフェンスラインがあれば、戦術の幅はもっと広がる。そうは思わないか?」


「一度俺も試したことがあるが、それで埼玉に負けてる。人間の能力とピッチ幅の物理的限界が、おそらく二・五枚が削れる瀬戸際だ」


「二・五枚……か。だが人間は半分で割れないな」


「あるいはアンカーとキーパーとで2・5枚はできるかもしれない」


「どうやら同じことを考えていたようだな」


 結城はふと笑ってチェックメイトをかけた。


 俺は素直に降参する。


「しかし強者の余裕ってやつか? 今、TGAは調子がいいみたいだな」


 TGAは現在四位に付けている。ゲーム差も少なく、今勢いがある。優勝候補の一角としてTGA抜きには語れない。


「世間の話題はイシュタルFCで持ちきりだが、実は俺たちも去年は二部だった。そのチームが一部で優勝すれば」


 俺たちは歴史からひっそりと名を消すことになる。


「悪く思うなよ。俺たちだって弱肉強食の世界に身をやつしている」


「健闘を祈るさ」




 オフのこの日、事務所の電話が鳴りっぱなしだった。


 多くはぜひ支援させて欲しいとのありがたい電話で、スタッフはその対応に追われていた。


 しかし解散を発表した手前、佐竹オーナーからはすべて断るよう達しが出ていた。もう迷惑をかけたくないのだと。まあ、こんなことを言っては善意を見せてくれた申し出に対して失礼なのだけれど、十数の企業が支援してくれたところで、流れは変わらないというのがこのチームが抱えたどうしようもない現実だった。


 しかしそんな中、チームスカウトから来年に向けての交渉をしたいという話がいくつか持ち上がっていた。


 特に杏奈と紫苑に注目するチームが多かった。成績を見れば紫苑は当然で、ゲームを実際見れば、杏奈を欲しがるのは当然だ。


 俺は、声をかけてくれたチームを一応リスト化して、電話対応を終えた。


「しかし凄まじいですね、紫苑は」


 同じく電話対応を終えた真賀田が言った。


 得点ランキング単独二位だ。


「まあしかし、ウチだからチャンスに絡むことも多い環境にはありますが」


「チャンスメイクもできる幅が出てくれば言うことはない」


「……寂しくなりますね」


「干渉に浸るのはまだ早いよ、真賀田コーチ。俺たちは現在三連勝で、こないだの連敗分を取り戻した。まだこれから」


「ええそうですね」


「悪いけど、真賀田さん。今日は任せてもいいかな?」


「今日も行くんですか?」


「あいつらの要求でもあるからな」


 真賀田は少し微笑んだ。寂しそうな、詫びしそうな、悲しそうな、けれど、悲壮感のある複雑な微笑だった。


「願わくは、イシュタルFCの理想が実現することを祈ります」


 そして俺は、ミーティングルームに入った。


「よし、全員揃ってるな」



 俺たちはその日。


 最強のサッカーを探し続けた。

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