おれたちがかんがえたさいきょうのさっかーちーむ(3)

 何度かいい場面とヒヤリとさせられる場面が交互にあったあと、残りは硬直状態が続いて、前半を折り返した。


「悪くない! 戦えてる!」


 俺は歴然たる事実を伝えた。


「17番をケアするのは変わらず。由佳と心美が二枚ついているが、それでもやられる場面はある。芽は距離を取りながらも、カバーに入れるよう常に意識。その分、約二・五枚をつけることになるから、他のスペースが空きやすい。左の彩香と萌はその補完。右の三岳はさらにその分の開いたスペースを担当しろ。ディフェンスラインの負担は大きくなるが、全員で分け合え」


 17番が優れていることはわかっていたから、ある程度のプランは考えていた。ゆえの三岳先発でもある。だが考えていた中でも最悪の状況だ。


「これが俺たちの戦い方。足りてないやつを、自分を上回ってしまう奴がいたとしても、全員で埋める」


 結局それしかないのだ。


「でも監督」萌が問いかける。「中には9番もいて、ここに入れられると苦しくなる」


「9番に対しては芽と萌で挟む。すると17には由佳と心美がいるから、簡単に楔は打てない」


「けどそうなると、サイドの負担が大きくなる」


 俺はホワイトボードのマーカーを動かし、


「三岳がアンカーよりの高めの中に位置して、このガラリと開いた右サイドは基本杏奈任せ」


「お仕事のおかわり! 残業手当出してもらうで!」


「攻撃はペースを落とせ。オーバーラップも見せるフリでいい。八対二の割合で守備重視」


「なんでや! 杏奈ちゃんは右サイドのヒロインなんやで!」


「勝つための布石だ。そのために今日は4-5-1の左サイドへ紫苑に入ってもらった。紫苑はむしろ中を切り込んでいい。中盤をコンパクト。この密集エリアでパスサッカー勝負。キーマンは環」


「ニャンだふる!」


「香苗、君はできるだけ、CBの左右どちらかの間に入れ。そこでポストプレー。逆側に環と貼って、むしろツートップ気味」


 香苗は真剣な眼差しを向けて頷き見せる。


 この状況をフォーメーションで表すのは難しい。全体的にシステムは左寄りとなり、右エリアを杏奈一人で対応するこれは、3-3-1-2(外1)か。


「ゲームが始まればもちろん、このまま綺麗に収まることはない。香苗と環の動きを灯台として、それぞれの頭でフリーになるスペースを予測しろ。自分たちでスペースは作るもの、Live and let live. だろ?」


 全員が首肯した。


 いつもはそのまま出陣するけれど、珍しくハーフタイムも円陣を組んだ。


「We are イシュタル!!」


「「「先に進もうLet's go ahead!!!」」」


 後半開始すぐ、17番を囮りとして七番がゲームメイクを肩代わりした。由佳と心美が17についている分、一歩対応が遅れ、横の長いボールから徐々にスペースを作られ、気づいた時には杏奈のサイドへ深めのボールを出された。


 杏奈と11番が主導権を得ていないボールの取り合戦に疾駆する。


 先にボールに触れたのは、前を向いていた分、飛び出しの早かっ11番だ。だが、二十メートルもあれば追いついて、11が縦へ抜けようとさらに前にボールを運んだ時には完全に並んだ。


 ウイングの11番が切り返そうとしたところ、三岳のフォーロー。杏奈とで挟み込んで、スローインになった。


「杏奈が時間を使ってくれれば、三岳も適切に対処できますね」


「やはり負担は大きいだろうがな。少しでも陰りが見えたら白百合に行ってもらう」


「というか……」


 と、真賀田は言葉を切る。


「何?」


「17へのこちらの対応を、大阪は左が空くと読んでそこを突いてきた。しかしそれも月見監督は読んでいた。……ちょっと私には到達できない次元のような気がして……」


「ボードゲームができたらこれくらいはわかるさ。あくまでも止まっている盤上を考えれば、空いてくる場所はわかる。でもゲームは生き物」


 中盤で、三岳がパスカット。ボールを中で受けに来た紫苑が相手を引きつけてからの、環。


 後ろを向いたままの股抜き。


 一瞬の閃きで最終ラインを抜け出した環。


 横へ預けて、香苗は流し込むだけ。


 同点弾。


 香苗の肩に飛び乗る環はVサイン。香苗の天高く突き上げられた拳に、イシュタルサポーターが絶叫を上げる。


 ゲーム再開のわずかな時間、17番がベンチに向かい、何か指示を仰いでいた。


 いや、指示を受けに行ったのではないかもしれない。


 ふと俺は、そんな予感を感じた。


「……来る」


 その嫌な予感は見事当たってしまった。


 ボールを受けた17番は由佳と心美から執拗なプレスを受けながらもボール溢さない。粘り強く、器用に、丁寧に操って、二人を子供のようにあしらった。


 それは外から見れば、大阪の早い攻撃とはまるで逆の保持。リズムを崩しかねない独善的なプレートも取れた。だが、流れるような足捌きの中から一気に二枚を置き去り。萌がカバーに入ったところで、9番の裏へと出された。


 敵ならがあっぱれ。元天才と呼ばれた月見健吾も同じことをしただろう。


 芽と9番のマッチアップ。


 9番の全身がバネのような筋肉がギアを上げ、芽を振り切っ――


 らなかった。


 ファウルすれすれの飛び込みで、ボールをカットした。一瞬、二つ前のカードが脳裏を過ぎり、審判を見るが、笛はならなかった。


 だが、頭に血が上り、納得のいかない9番は芽を小突いて、これが不運にも審判の目に止まってしまう。当然、一旦ゲームは中断。


 9番は必死に審判に抗議していた。


「……時の運というか、明日は我が身というか」


「仕方ない。人間は完璧じゃないし、ミスジャッジもある」


 まあ、今のはゴールエリア付近の激しいエリアだから微妙なところだ。今のがファウルになるかならないかは、当日の審判の裁量によるところが大きい。


 あまりにしつこかったので、イエローが出て、自体が沈静化した。


「切り替えですよ! ここで集中切らさない!」


 宮瀬がそう声をかけたが、選手たちは今の間、ちゃんと修正確認を行っていた。


 これで、相手に動揺でもあれば儲けものだったけれど、17番だけは至って冷静だった。むしろ、徹底的に9番へとボールを集め、強引にこじ開けようとした。


 これを萌と芽の双子コンビネーションでシャットアウト。


「ああいう選択はリスクがある」


「ですね」


 もちろん賭けに勝てば、9番は手がつけられなくなったろう。


 しかし興奮状態も閾値を越えれば、精細さを欠き始めた。9番にはラフプレーが目立ち、何度も試合は止まった。そうこうしているうちに、大阪は選手交代の準備に取り掛かる。


「ウチはどうします?」


 杏奈を変えるにはちょうどいいタイミングだった。とはいえ、今の杏奈が最後までいい仕事をしてくれる可能性に賭けたい気持ちもあった。俺は時計を見た。あと十五分。現状、均衡した流れでは次の一点がおそらく勝負を決する。難しい判断だ。


「「監督」」


 そう、声を揃えたのは。


「――よし、出撃だ。白百合、真穂」


 大阪が9番の代わりに投入したのは、身体とフィジカルでは一枚落ちるものの、足技の巧いフォワードの選手だった。ここをワントップに据えて、中盤に厚みをかけてきた。おそらくは17の援護の意味合いが大きいだろう。加えて、中盤に俺たちと同じ枚数をかけることによって、個々の能力差で勝負することが考えられた。


 しかし中盤の人口密度が高くなれば、ウチの十八番。真穂が生きてくる。


 果たして交代の効果はあった。環が最前列で、司令塔的ポストプレーな役割に徹してくれたことで、シャドウの真穂が仕事をしやすくなった。


 その真穂から紫苑へ、最高のパスが出た。


 その感覚はいつ以来だろうか。


 久しぶりに酔いしれる、極上のオーケストラが奏でる指揮のような。


 ここしかないという絶妙なボール。


 が。


 抜け出した紫苑だったが、ここまでサイドハーフの起用に限界が近かった。後半から中への動きも加わって、消耗が激しかった。それゆえ、いつもなら振り切れるはずのディフェンダーに追いつかれてしまっていた。


「――舞、準備はできてるか?」


「も、もちろんですたい!」


 なぜ九州弁? とは思ったが。


「これが切れたら行く」


 紫苑はクロスを上げる素振りから縦を強引に抜けようとする。しかし相手も必死に食らいつく。一旦、ボールを引いてからの細かい足技。ほとんどスペースのないゴールライン上ギリギリを浮かせてかわし。


 中へ切り込んで。


 飛び込んでくるディフェンダーをターンで抜いて。


 ごちゃついたゴール前で放たれたシュートは。


 キーパーに弾かれた。


 相手ディフェンスはクリアに構える。


 ――が。


 準備していた香苗がすでに爆撃体勢。太陽を遮るように高く跳躍して、地面に叩きつけた。


 ゴールネットが揺れる。


 沈黙、のち、歓声。


 力強いガッツポーズを見せた香苗は吠え猛る。


 勝ち越し弾。


 限界に達して、それでも超えてきた紫苑を、味方が背中を押した。数字以上にこの一点は大きかった。


 間髪入れず、最後の交代枠を使い切り、舞を投入。


 彼女のテクニックは目一杯相手を引きつけ、時に翻弄し、時間の流れを支配してくれた。


 一時は何度も中断されていたゲームの流れだったが、三点目が入ってから、一切ボールは切れなくなった。大阪の17番を中心とした怒涛の攻撃に対して、イシュタルFCのディフェンスラインは集中を切らさず対処。それでも、肉体的疲労から危ない場面が何度も作られたが、キーパー皐月の気迫が何度も立ちはだかる。


 時計が四十八分に差し掛かったところで最後のホイッスルが鳴らされた。

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