おれたちがかんがえたさいきょうのさっかーちーむ(2)

 レッツ大阪は前回杏奈にやられていたこともあり、やはりサイドを守備的な選手で固めてきた。


 初手は右寄りの深い位置で探りを入れる。三岳、萌、心美、杏奈の四人でスペースを模索する。大阪のプレススピードは以前よりも増しており、なかなか好きにさせてもらえない。少しでも判断が遅れればショートカウンターで一気に持っていかれることだろう。だが四人は至極冷静に対処して、チャンスを伺う。


「監督が前線に厚みをかけない布陣は意外でした」


「真賀田さんの意見を参考にさせてもらった。やはり俺たちは守備力に不安がある」


「わかってもらえたようで何よりです」


「だけれどさ、一つ気づいたことがある」


「三岳の良さですか?」


「いや、それもあるんだけど、意外なことに4バックより、3バックの方が守備力が上がるってことだ」


「ええ、実はそうなんです」


 ピッチの横幅は六十八メートルで、ゾーンを敷くのなら、四バックが担当するエリアは四で割ることの、約十七メートル。対して三バックは二十三メートルもカバーしなければならない。理論上は四バックの方が効率的だ。


「だけれど、四バックはサイドの選手がオーバーラップすることが多い」


 例えば片側の杏奈が上がっていった場合、逆サイドの彩香がスライドして、結局は三バックになる。左サイドの攻撃も考えてそういう選手を入れた場合、二バックになることもあるのだ。


 その点、CBの専門家を三枚最初からおけば、役割分担を明確にできる。


「もしかして、三バックのことも頭にあるのですか? 今週の練習で監督はこれが完成形ではないと仰いましたが」


「そのための今日は布石」


「負けられない試合で試すなんて、やはりあなたはクレイジーです」


「杏奈の役割を減らすと言ったが、一番新しいことをやらされているのは紫苑だ」


「真穂の先発落ちも意外でしたが、そこが一番驚きでした。あの紫苑にハーフができるのか、という疑問に対しての補完が左サイドバックに彩花を置くことだった」


「まあそれもあるんだけれど」


 早いパス回しに、大阪の寄せが若干ルーズになった。その隙を心美は逃さない。ディフェンダーをいなすと、逆サイドへ展開。


 紫苑と環のワンツーが決まり、一気に敵陣に切り込む。

 縦への突破へと見せかけ、切り返した紫苑は利き足からクロスをあげた。


 ファーサイド向けの長いボール。

 そこに杏奈がいないわけがなく。


 丁寧に折り返されたボールを、香苗が中央で受ける。フェイントを入れ、ターンからのシュートは惜しくも外れた。


「今まで異なるライン同士だった紫苑と杏奈ですが、揃えることでクロス時には最奥に杏奈も加われる」


「前回の一点目が大きかった。あんなこともできるんだと。けれど毎回あんなハードワークはやらせられない」


「ウイングの経験とサイドバックの経験……それを得た今、マルチなサイドハーフとして杏奈は覚醒し始めているのかもしれません。まさかそこまで見越していたんですか?」


「決して俺たちがやってきたことは無駄じゃない。いつか活きる日が来る。杏奈はその日がやってきたってことだ」


「本当にあなたは……」


「ん?」


「いえ、なんでもないです」


 そうこう言っているうちに、大阪の17番が中央へ切り込んだ。抜き去られた由佳を心美と芽が挟み込む。


「実は前回の大阪戦では17番がいませんでした」


 大阪の中盤はフラットな四枚だ。センターハーフの彼女はえげつない。


 心美と芽を背負いながらも、17番は粘り強くキープして、狭いところからロングシュート。


 称賛するしかなかった。


 皐月は反応していたが触れることもできない。角の、もうそこしか無いという場所にピンポイント。


 これが先取点となった。


「ミドルはもちろんロングもあり、ともすればロングパスの精度も尋常ではなく、それでいてキープ力も抜群」


「心美と由佳を足したような選手か」


「ええ、大阪の攻撃の要は17番です」


「そうまるで、前線で砲撃する戦艦級」


 と宮瀬節。


 しかしこれには同意せざるを得なかった。ちょっとでも寄せが甘くなればワイドに展開し、揺さぶりをかけられる。


「サイド攻撃が主体と思われがちな大阪ですが、中央に絶対的な選手がいるからこその攻撃的な布陣。そして、その17番をフリーにしてしまえば」


 シュートフェイトから由佳が振り切られた。


 絶妙なロングボールが出され、三岳の頭を超える。大阪のウイングが飛び込んで、クロス体勢。しかしこれを杏奈がスライディングでカットする。


 とはいえコーナーキック。


「注意すべきはやはり高さのある9番」


 センターフォワードの選手だ。


 今週、仮想9番対策に香苗と芽のマッチアップをやらせた。だが、大阪の9番は香苗に強靭なフィジカルをくっつけたような選手で、これまた香苗の上位互換でもある。


 ニアポストに上げられたボールを、懸命に芽が競り掛けるが、後方に流れた。ゴールエリアの外に張っていたウイングの11番が深く切り込んだ。ゴールラインすれすれを切り裂いて、中への折り返し。


 頭一つ分抜け出した9番の爆撃。


 追加点を許してしまった。


「大阪は現在六位ですが、十分に優勝を狙えるチームです」


「だろうな」


「修正はどうします?」


「どうしようもない」


「身も蓋もない」


「ともかく9番に入れないことだけ。17番に二枚当てよう」


「由佳と心美を?」


「ああ」


「しかしそれでは非対称アシンメトリーになります。スペースができてしまいますよ」


「三岳をアンカー寄りに寄せて、仕方ない、杏奈ちゃんに縦を全部カバーしてもらおう」


「試合前に言っていたプランが早くも瓦解」


「ゲームは生き物だからな」


 真賀田が指示を出し、戻ってきたところ、


「後半、杏奈を変えるかもしれない。白百合しらゆりに準備をさせておいて」


「了解です――と言いたいところですが、ご自身で言ってください。パシリは疲れました」


「真賀田さんの反乱が始まった」


 と、軽口を返しながら、俺は白百合に声をかけた。


 彼女はあまり出番がなかったが、三岳の次に守備的な選手を入れるなら彼女だ。まだ若い選手で、今後の成長次第では十分に一流プレイヤーとなる素質を秘めているだろう。何より体が大きい。


 俺は白百合に状況と交代の意図を説明した。やや緊張気味ではあったが、強い眼差しを向けていた。


 不意に「あっ」とした声がスタンドから湧き上がる。


 十七番がまた美しいスルーパスを出し、ウイングが切り込んだのだった。最終ラインは間に合わず、キーパーと一対一。


 皐月は、もう追加点はやらないという気迫を見せ、飛び込んだ皐月は放たれたシュートを足に当てて弾いた。これをクリアリングし、香苗が落下点に入る。


 なんとか受け取ったが、前を向かせてもらえず、挟み撃ちに合う。そこへ、流れてきた環にボールが出て、中央を抜け出した。しかしCBがきっちりと対応。コースを限定して外に追いやる――


 かと思われたが、ボールは環の足元から消えた。


 ヒールパス。


 すぐ後方へと走り込んだ杏奈が脇を抜けた。利き足ではないシュートは、コースは良かったもののキーパーの良い判断に阻まれ、弾かれる。


 しかしこぼれ球に反応した紫苑がそっと返し。


 完全フリーだった環は無人のゴールへ。


 オーバーヘッドシュート。


「にゃっはーっ!」


 環はおまけのバク転を見せ、Vサイン。


「あいつ、本当に猫なんじゃね?」


「小柄ながら環くんは身体能力いいですからね。そうまるで……………………猫のように」


 宮瀬コーチは自信なさげに呟いた。


「比喩が思いつかなかったら無理に言わなくていいから!」


 一点ビハインドではあるけれど、逼迫感はなかった。むしろこれからという期待感を抱かずにはいられない。


「いえ、私は例え続けますよ。なぜならばゴールキーパーは地味ですから。そのコーチはもっと地味ですから!」


 何そのプライド。


 宮瀬コーチが盛り上げてくれようとしている(?)横で真賀田コーチが冷静に環の評価を口にした。


「正直、彼女が出場機会に恵まれなかったことが不思議なくらいです。やる気の波とサボり癖のひどさはありますが」


 ウイングが苦手だったのもあろう。環は生粋のシャドウストライカーだ。それでいて司令塔としての仕事もこなせる。才能と言う点では真穂を上回る。しかしこうなると、真穂を使いづらくなってしまう。調子が良く結果も出している環を下げる理由がなかった。恨めしいのは真穂と環という選手が同時にいてしまったこと。


 その真穂は何かメモをノートに書き込んでいた。


 負けが重なった中でも積み重ねてきた得点が、俺たちに確かな自信を与えてくれた。


 まだ取れる。


 俺たちは点を能力がある。


 それだけが俺たちの戦っていられる命綱。

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