極夜(6)
コン・フオーコ湘南は、フィジカルに優れた選手の多いチームだ。激しいコンタクトとガッツあふれるプレイで、攻撃的守備から早い展開を得意とする。まさに
「今日も暑いですね」
「日本の特徴だな。最近では欧州もクソ暑いらしいけれど」
紬情報である。
「きっと夏が暑いのはサッカースタジアムが熱を出しているせいですね」
珍しく真賀田コーチが冗談を言った。しかし実際、スタジアムは灼熱だ。体感では五〇度を超えているんじゃないかと思うほどの熱気が立ち込める。
「今日で遠征三連戦も終わります。次からは立て続けにホームゲーム。凱旋したいものです」
「真賀田さん、俺はまだ諦めていないし、優勝しか見ていない」
ふと彼女は綻んだ。
「何言ってんですか。同じに決まってるじゃないですか。きっとあの子たちも、そこだけは純粋に思ってますよ」
まだ選手たちは知らない。
このチームが、このチームでやれるのが最後のシーズンだということを。
「きっと優勝できれば、たくさんのスポンサーが付いてくれるはずです……」
そうあって欲しいものだ。
だが、オーナーの佐竹氏から良い報告はまだ聞いていない。
俺たちは一部にいる。しかし前向きに考えてくれるところがないのだ。つまり、投資してくれる側は、ここまでの成績が自力ではなく、運が向いただけの奇跡だと思っていた。事実九割は運が良かったのだろう。
それに関与して、おそらく佐竹夏希はサッカー協会に潜り込んで、延命措置を掛け合っているのだろうと予想する。さらに最悪の状況になった時、動けるように他チームに出入りしていることも風の噂で聞いていた。そんな風に動き回るためには、チームマネージャーは足枷になったのだろう。
あの人はきっとそういう人。
試合の方は予想通り、湘南の猛攻で幕を開けた。相手左サイドは同じく走れる選手を当ててきて、我らが快速とガチンコバトル。
最初の軍配は相手に上がり、中へ切り込まれ、ファーポストへのクロス。高さに優れる11番が彩香の上からヘディングを叩きつけた。
かろうじて、キーパー皐月が弾く。
しかしコーナーキック。
続けて11番が再び高高度から爆撃。粘り強く皐月が反応して、彩香が大きくクリアリング。
「相手は芽が出ないことを予測して高い選手を当ててきましたね」
当然の策だ。
「ウチは高さがあまりないからな」
それでも芽は身体能力で渡り合えていたからこういう場面を何度も防いでくれた。改めて、芽の存在がいかに大きいかを思わせられた。
「また高さで……」
再度、湘南は11番のポストプレーを使って、左の9番へ送る。
マッチアップは再び杏奈。
「徹底的にウチの右を付いてきますね」
「杏奈のスタミナを削る作戦なんだろう。引っ込めば攻撃力が低下、そうでなくとも、終盤ではスピードが削がれる」
その9番は中・縦・中の切り返しで再び杏奈を抜き去った。フォローに入った萌がしぶとくくらいつく。追いついた杏奈とで挟み撃ちにするが、これを打ち抜かれた。ゴールエリア付近のミドルを飛び込んだ彩花がボールに当て、再びコーナー。
観客は得点に喜びの声を爆発させた。
フリーではなかったが、完全に体格の差で貫かれた。
「嫌な流れですね」
ゲーム再開後、真穂のデコイの走りがわずかなスペースを生み出し、そこへ杏奈がオーバーラップ。
「あの子、真正面からやりあう気!? 後半まで持ちませんよ!」
ボールを受けた心美が。
数拍の溜めを作り、右サイド。
「心美まで!?」
しかし間に入った舞が受け取って、中へ切り込む。
かと思えば、サイドバックの裏へ長いボール。
チームメイトは容赦しなかった。
いや、負けて欲しくはなかった。何よりもまず俺たちの右サイドは攻撃の生命線。そこが通じないとなると、他を考えていかなくちゃならない。
杏奈は懸命に走り込んで先にボールに触れるが、相手ディフェンスに詰め寄られ、難しい体制からのクロス。
これはゴールラインを割り、繋がりはしなかった。
「あの9番の選手は」宮瀬。「もともとウイングからコンバートされたサイドハーフの選手で、昨シーズンまでさほど目立ってはいなかったのですが、今年の注目株ですよ」
「境遇も似てるってことか」
「歳も二つしか違いませんし、今後宿敵となりましょう」
杏奈はランに関して素晴らしいものを持っているが、9番はそれと同程度のスピードを持ってかつ、足技も巧くてかつ、クロスの精度も申し分ない。言いたかないが、湘南の9番は完全に杏奈の上位互換だった。
再び杏奈が振りきられる。
今度は縦の深く。
「だけれど杏奈。君がただ一点だけ負けていなところがある」
追いついた杏奈は厳しく体を寄せる。スピードを緩めた9番が切り返そうとしたところに、舞が挟み込んだ。惜しくもスローイン。湘南は一旦後ろに下げて、立て直しを図った。
ここで長いボールを入れてくる。11番のポストプレー。マッチアップした萌はフィジカルで押し切られて抜け出された。
が。
杏奈が追いついて片サイドを封じた。そこへ彩香も加わってサンドイッチ。11番はターンからの強引なシュート。これは皐月の正面。
右サイドで舞が抜きにかかるも崩せない。上がっていく杏奈だったが、スペースをしっかり潰され、中へ入れるしかなかった。だが、マークの外れていない真穂が厳しい当たりにディフェンスラインまでの立て直しに至るしかない。
「あー、今のは環なら香苗を使えたのだ」
と、ベンチから環が口にした。
言うは易し行う難し。
だが、環ならやってのけるスキルがあった。環をもっとも活かせられる位置はやはりトップ下だろう。いや、1・5列目の司令塔的シャドウストライカーだ。真穂も環も。二人は毛色が似ている。環はボール捌く技術や散らす技術は一級品。とはいえ、感覚派の真穂に対して、どちらかと言うと環は状況判断の速さと理屈で選ぶ。
もしこのまま通用しなければ、試すか。
前半の中盤、9番が突破を図った。
これを杏奈は抜かれ、萌がカバーに入る前に中へ入れられた。
11番は彩花をかわし、ミドル。
皐月の手がかすかに触れ、ポストを弾かれる。まだ流れは完全に傾いていない。……はず。
心美が中央でテンポの調整。そこから縦へとボールを送る。真穂はスルーして、紫苑が受けてくれることを期待したが、合わず。
あっけなくクリアされ、中盤でボールをキープされた。
「アップに行ってくるのだ」
チームメイトの不甲斐なさに闘志を燃やしたのではなく、環は極々冷静に自分が必要とされることをわかっていた。
「やはり調子が悪いのでしょうか」
もしかしたら俺は10番を背負った彼女に酷なことをしてしまうかもしれない。
勝たなければ未来はないのだ。
それでも俺は真穂が自分の力で乗り越えてくれると思っていたし、思っている。
その真穂がボールを奪われたところで前半終了の笛が鳴らされた。
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