極夜(5)

 八月三週、第二十三節。


 いつもなら各々の集中の仕方で試合に向けてコンディションを整えるのであるけれど、この日、皆に配ったミサンガが話題の中心だった。


「おおっ、チーム一丸! って感じがして燃えるで!」


「確かミサンガって、切れたら願いが叶うってジンクスがあるよね」


 真穂が問いかける。


「ほなら、ハサミでチョッキンしたら願いもすぐに叶うやん!」


「ご利益なさそう」


「環ちゃん的にはこうも解釈できるのだ。ミサンガが切れるくらい頑張ったら、もうそれは願いを叶えるのに必要な準備をしてきたって証なのだ」


「なんかそれっぽい!」


「で、真穂たんは何の願いを込めたん?」


「もち、優勝! それ以外に目標はなし! ああでも、もっと上手くなりたいし、お母さんは元気でいて欲しいし、チームメイトと長いこと試合していたいし、あと海外も行きたいし!」


「わがままガールめ。そんないっぱい叶うわけないやん。一つにしとき」


「じゃあ優勝」


 真穂は頬を膨らませ、納得いかない様子だった。


「はい、注もぉーく」


 俺は努めて声色を明るくした。


「スターティングメンバの発表をします。ディフェンス左から――」


 三岳、彩香、萌、杏奈。


 中盤、守備的ミッドフィルダーを由佳。心美と真穂が攻撃的ミッドフィルダー。


 ウイングに紫苑と舞。センターフォワードを香苗。


 名前の呼ばれた舞はギョッと目を剥いて、


「先発とか無理ですぅぅぅぅ!」


「じゃあ環」


「了解だにゃん」


「やっぱりダメぇぇぇぇ!」


 どっちなんだ……。


「出ます! 出させてください!」


「難しく考えなくていい。舞は舞のできることを中か外でやればいい。今週、ビデオ見せたろ?」


「あ、あんなの人間じゃありません! 神様です! 私にはなれません!」


 皆んな大好きメッシ先生の動きを研究してもらった。


「別になれって言ってるんじゃない。ウイング気味のドリブラーの動きのお手本ってこと」


「な、なるべく善処する所存でございます……、かもです」


「練習でもやった通り、基本スタイルは4-1-2-3。これを――」


 ホワイトボードのマーカーを動かした。


「守備時には4-4-1-1に可変。心美が一列下がって、底の守備はもちろん次の攻撃に備える。真穂と紫苑がサイドハーフに転身。舞はトップ下に残る」


 今週はこの動きの練習に時間を使った。付け焼き刃な感は否めないが、中盤の厚みとサイドのフォローアップ対策としてはこれが思いつく限りのベストだった。四枚で真穂を支えられれば、反撃に転ずる際、舞のキープ力を生かして前線での溜めを作れる。


 一流チームはこういう可変を当たり前にやっている。もっと複雑な入れ替えをたやすくやってのけるのだ。


 他にもバリエーションはあるけれども、今のところ使えるのはこの二つ。舞が入った場合のシステム。


「後半、どこかで環が行く」


「任せるのだ」


「他の選手も備えておいてくれ」


 システムを変更するややこしさでいうと、プレイスタイルの確立されている舞よりか適応力の高い環の方が柔軟に対応できるが、早いうちに試しておきたいとの思惑が勝った。舞が安定して力を発揮できるのか、リズムを変えるバリエーションとして起用するべきなのかを。


 ひいては、来たるべき未来のため。


「よし、じゃあ円陣行こうか」


 俺たちは輪を作り、肩を組んだ。


「ここ五試合は苦しい試合が続いたけど」由佳が語る。「そろそろ勝ちたい。ううん、今日は勝とう。皆んな力を貸して。イシュタル~っ」


「「「オールゴーファイ!!!」」」

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