極夜(4)

 近五戦は三連敗の二分。一時は五位にまでつけていたが順位は現在一〇位にまで転落した。まだとどまれていると見るべきか、昨年二部だったことを考えれば上出来というべきか。


 チーム事情、台所事情を考えればよくやっている方だとは言いたいが、俺たちは結構真面目に優勝を目的としていた。

 しかし正直なところ、かなり厳しいと言わざるを得ない。


 現在トップとは一〇ゲーム差。

 残り試合数が十二試合なので、もう一つも落とせない。当然、上位が負けなければ追いつけない。


「冷静に評価すれば、悪くないと思いますけどね」


 試合の開けた翌日。


 コーチ陣での反省会が行われていた。もっとも、習慣ではあったが。

 普段、メンバーを集めて戦術説明の時などの使う部屋で、試合映像を流しながら、選手の状態やら近況報告などをしていた。


 主に、元ディフェンダーの真賀田コーチがディフェンス系の選手たちを担当し、俺は攻撃陣。もちろん宮瀬コーチはGKを中心に見ているが、メンタルケアもする宮瀬は、選手たちの小話も交えて、常にメンタルとフィジカルの両方を伝達し合っている。


 ここ最近、三岳が後半から守備的なオプションとして投入される機会が多くなったのは、真賀田コーチの意向によるところが多い。


「これまでは先発組中心でできることをやってきましたが、サブ組も安定してきたと言えます。三岳なんかは対戦相手次第で、エース対策としての起用をしてもいいかもしれません」


「ああ。舞もようやく自分のプレイを出せるようになった」


 試合は惜しくも引き分けに終わってしまったが、彼女の台頭は非常に大きい。残り試合を戦う上で、使える選択肢が多いに越したことはない。


「チーム全体の底上げはずっと課題でしたもんね」宮瀬。「静くんと舞くんが交代の切り札として機能するとなると、先発組もうかうかはしてませんよ。心美くんは嫌いだったウェイトに精を出してボディバランスの強化に努めていますし」


 それは前回の試合でもはっきりと効果が出ていた。もともと足元の技術がある心美にキープ力以外に運ぶ力が備われば、中盤からのビルドアップも期待できる。


「……ふふ、今の彼女はモデルもうらやむ美ボディと化しています。サイボーグ心美と言っても過言ではないでしょう。どれ、今晩の風呂を全員で覗きに行きますか?」


「……俺を犯罪者にする気か」


「そういえば、月見さんはメンズでしたね」


「それで、由佳の体調はどうだ?」


 俺は脱線しかけた話題を戻した。


 実は反省会に、キャプテン由佳と副キャプの香苗が混じっている。


「調子以上に、今は気持ちの方が先走ってる感はあるけど」


 由佳はぺろりと舌を出した。


「香苗から見て、前線のコンビネーションはどうだ?」


 香苗は一瞥をくれ、「まあまあ」とだけ返した。


「遠慮なく言っていいぞ、香苗」


「ウイングは舞のほうがやりやすいかな。紬もそうだったし、クロスなり中へ切り込んでくれるなりしてくれるドリブラーはありがたい。でも、環が合わないってわけじゃなくて、真穂との中でのコンビなら中央に厚みが出て、いいと思う。ただ、」


 そこで香苗は口を閉ざした。


「ツートップはやりにくい、か?」


 香苗は小さく頷いた。


 どちらかというと定点気味にエリアで勝負する香苗に対し、スペースを使う紫苑の距離が近いとお互いの持ち味が干渉し合う。これは、最近の試合中にフォーメーションチェンジをする中で新たに気付いたことだが、2トップの際、香苗があまり機能していなかった。


「まあ次も色々考えは用意しておくさ。君らがプラスとプラスになれるようには」


「ところで」


 と真賀田コーチがホワイトボードのマーカーを一つ、『ベンチ外』の枠に移動させた。


累積るいせき退場問題についてどうしますか?」


 うーん、と俺はうなり声をあげた。


「とりあえず萌を呼んで、最終ラインの軸から考え直しかな」


 言ったそば、


「呼んだ?」


 と、萌が扉を開けた。


 どうやら聞き耳を立てていたらしい。扉の向こうには、環や杏奈らが慌てて隠れていくのが見えた。


「芽の様子はどうだ?」


 双子CBコンビは、二人セットがデフォだ。片割れだけというのは珍しい。


「うん、気にはしてないみたい。さっきも次に自分が出る試合相手のビデオ見てたし」


 ひとまずほっとする。


「CBとして、次節の最終ラインのことは萌の意見を尊重しようと思う。三枚か四枚のどっちがやりやすい?」


「正直どっちも変わんない。芽はいないし、フォーバックにしても、杏奈は基本、上がりたがりだし」


「やはり、杏奈をサイドハーフに上げるのも手ですか」


「ただ、オーバーラップしていない時のサイドバック杏奈は快速頼もしい」


「快速頼もしいってなんだよ」


 なんとなく意味は伝わるけど。


「うちの最終ラインってさ、まず芽がストッパー的に当たって、私がカバーするでしょ? でもそこでやられるとね、最終ライン・続! みたいな感じで杏奈は突っ込んでくれるから」


「なんか、物語が完結したのに意外に人気だから続編が出る海外ドラマみたいですね」


「例えが妙に具体的だな、真賀田さん」


「でもなんだかんだ見てしまうんですよねー。海外ドラマ。で、シーズン終わった後で、『やっぱりこれ蛇足だったな』って思うんですけど」


 なんとなく伝わるけど。


「とにかく、私から言うことは特にない。監督はメンバーを選んでくれればいい。でも、できれば早い目にどうするかは言って欲しい。練習で感触つかんでおきたいから」


「ならば、ある程度やったことのあるメンバーを入れるべきでしょうね」


「三岳って左は使える?」


「右利きではありますが、問題はないですよ」


「じゃあ、CBを萌と彩香で、左に三岳の右は杏奈で」


「うん、その辺がきっと現状のベストだろうね。他の子にも伝えとくね」


 いつもなら、俺に皮肉やら悪態を向ける萌なのだが、終始真面目な話で終わった。それだけ彼女も真剣なんだろう。


「あ、そだ。細かいことなんだけど、私、右がいい。芽が帰ってきてからも」


 芽と萌は特に左右でゾーンを担当するというよりも、当たり屋とカバーリングの役割分担をしていたはずだ。現代では時代錯誤さくごなスウィーパーシステムを叩き込まれた二人は前後で対応することが多かった。


「意図があるんだな?」


「イシュタルシフト対策対策」


「なるほど、おかんデビューか」


「手のかかる子のおりは案外楽しい」


 そうして萌は部屋を出て行った。


「オーバーラップ後の杏奈のサポートですか。確かにほんの数メートルの差かもしれませんが、萌の読みのセンスなら有効かもしれません」


 カバーリングが得意からなのか、萌は細かいことに気付きやすい。それに彼女は頭をよく使う。こないだも、俺が細かく説明するまでもなく、対応策を出していた。最終ラインから全体を見ているから、ゲームの流れやチーム全体のバランスに気を配っているのだろう。


「では、残りのメンバーについての話し合いはランチをしながらということで。私、もう腹減りまくリングですよ!」


 宮瀬コーチのお腹がぐう、と鳴っていた。




 さて、昼食を食べようかという時、イザベラがちょっと来て欲しいと俺に声をかけた。


 この時間、スタッフとして働くイザベラは事務仕事やらユニフォームの洗濯やらで雑務に忙しい。そんな彼女がわざわざ声をかけるなんて、一体何事だろうと、クラブハウス玄関口に向かうと小さめの荷物が俺あてに来ていた。


 差出人は佐竹夏希からだった。


 早速、中を開けてみると、白い便箋びんせんが入っていた。


 封を開けると、短く二言。


『こんなことしかできませんけど。込めました』


 視線を落とすと、中にはミサンガが入っていた。数を数えると、メンバーに配っても余るほどで、フロント陣も含めた全員分だった。ところどころ編み込みの怪しい部分が目立ち、おそらく手編みだった。


「なあ、月見。あたしはクラブ事情を聞いていなくて、帳簿ちょうぼを見て知ったんだが、このクラブ、かなり経営状態が悪いよな。今年は一部で入場者数もグッズ販売も伸びているから苦しいがなんとかやれているが、再び二部降格ってのはかなりまずいだろう?」


「ああ、だから一つでも順位を上げなきゃならない」


「なのに、なぜ大事な時期で彼女はいなくなったんだ?」


「佐竹さんには佐竹さんなりの考えがあるんだろう」


「わからないな。現場で戦うのが一番じゃないのか?」


 俺には、そのミサンガに込められた願いがどれほど途方もないものなのか、輪郭りんかくくらいは掴めてしまった。


「あの人は俺たち以上に先を見通すことができる」


 あの日――埼玉戦の開けた花火大会の日、佐竹さんが言ったことの本当の意味を俺は知り始めていた。


 彼女が残した手紙のうちのもう一つ。


 それを開けて見ると、かつてない衝撃を受けた。それを見て、ようやく俺も佐竹夏希が考えていたことを理解し始めていた。そのために俺はここにいるのだと。


「なあイザベラ。君はチームメイトだから隠し事はしない」


「なんだよ、改まって」


「東京イシュタルFCは今季限りの寿命なんだ」

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