極夜(2)

 香苗までも寝袋を持参して紫苑と試合映像を見ていた。


 このコンビが肩を寄せ合っているのなんて明日は雨だろうか。二人して、「この場面はああだった」とか「ここは良かった」とかコミュニケーションを取り合っていた。部屋で寝ろと言ったけれど、由佳も強情ごうじょうなことに食堂のソファで横になっていた。


 延長戦にまでもつれ込んだ真剣勝負に満足したのか、環はすでにぐっすりだった。脱ぎ癖でもあるのかキャミ一枚で猫のように身を丸くしていた。


「プチ合宿ね」


 と、紫苑がぽつり。


 だな、と香苗が同意する。


「……いや、……あの、私まだ縛られたままなんですが」


 放置プレイされた舞であった。

 仕方がないので縄を解いてやる。


「そういや、復帰直後の紫苑もそうだったな」


「一体何シーズン前の話をしているのかしら?」


「つい去年のことだろうに」


「私は過去の過ちをちゃんと認めるわ。ええそうね、去年の私は自分のことしか見えてなかった。。その過去を反省した私から言えることは、風見鶏さん。あなた、私と同じてつを踏みかけているわ」


 先発組が深夜遅くまで付き合ってくれたのは、舞を戦力だと見ているからだ。


「別にこんなことをしたからどうって話でもないのだけれど、今日の試合、少なくとも私たちにも落ち度はあった。風見鶏さんのもっとも活きる状況を作ってあげられなかった」


「あたしも難しいボールばかり出した」香苗。


「それってつまり」歯噛はがみした舞。「足引っ張ってるってこと……ですよね? 支えてもらってようやくってことですよね?」


「そうは言ってないわ。誰にだって得意なことと苦手なことがある。私なんかあまりパスは出さないし、本音は走りたくない。長い距離を走れる方ではないのだし」


「あたしは足元に不安がある。改善に日々トレーニングしてるけどさ、やっぱり苦手は苦手だ。できればハイボールを捌く方が楽っちゃ楽」


「で、君はどうなんだ?」


 舞は俯いて口を閉ざした。


「認め合うってのは重要なことだ。足りてないってのは別に悪いことじゃない。欠けていたって、補うことができる。サッカーは十一人でやるスポーツだ」


「私は……」


 そう口を開いた舞の太ももに大粒の涙が落ちた。


「私には……何もない」


 おそらく舞は本気でそう思っていた。


「パスセンスもないし、想像もつかないようなプレーもできない。当たりも弱いし、長くも走れないし早くもない。シュート力も弱いし、ゴールへの嗅覚もない」


 そう思ってきただろう舞は、弱点克服に取り組んでいた。自分に足りないものと向き合った結果、今あげられた項目は人並み以上にまとまっていた。だから、俺は戦力になると思った。


 そのベースがあった上で。


「ただ……、小さい頃からボールコントロールだけはやってきたから……少し。ほんの少しだけ……」


 紫苑と香苗は頬を緩めた。


「何言ってんのさ。あたしなんかよりもずっと巧いじゃん」


「そうね、スピード勝負なら負けない自信はあるけれど、一対一で抜かれない自信はないわ」


 ほら、と紫苑は過去の映像を引っ張り出して舞に見せた。


「この場面、タッチラインギリギリでよくキープしたわよね」


 持たざることは恥なんかじゃない。欠けているものがあるのは人間だから当然。逆に誰かが持っていないものを持っていたりもする。それが人間という生き物で、そんな面白い奴らを集めてするサッカーは面白いのだ。


「じゃあお前ら、火元だけは注意しろよ」


 すでに研究会を始めていた三人は気のない返事を向けた。


 俺なんかよりもずっと長い時間を共にしきてきた彼女たちの方がお互いを理解しているだろう。


「ああそうだ、俺から言えることはただ一つ。君は可愛いんだから顔あげてた方がファンもつくぞ。その癖は直した方がいい」


 てっきり茶化されるかと思ったが、紫苑が解説を加えた。


「視野が狭いから状況判断が遅れてる。あなたは上手なんだからボールなんて一瞬も見ないでもたくみに操れるでしょ」


 さて、額に書かれた『欲』は次の試合までに消えそうもない。

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