15章

白夜(1)

 八月初週。

 一週間の夏休みをはさんで、第二十一節。


 この日は、今年最高気温をマークしたらしい。そのデイゲーム。条件は相手も同じだが、毎年平均気温の高い名古屋を拠点とする、グラディエーター名古屋のホームゲームとあっては慣れの違いは出よう。


「ペース配分は重要だぞ。それから当たり前のことだが、こまめに水分補給な」


 ゲーム前ミーティングが終わり、俺はそう告げた。


 皆がコートへ向かい始める中、タブレット端末で映像を見ているらしい真穂が取り残されていた。何か気の利いた激励げきれいでも掛けようかと近づくが。


「そろそろ行くで、マホマホ」


 杏奈が声を掛けた。


「うん、あと四十五分」


「前半終わってもうてるやん! って、なんやえらい具体的やな。何見てんのや?」


「試合。勉強になるかなって」


「へー何の試合? ……あ、これ」


 タブレットを覗き込む杏奈は俺に視線をくれた。無言で指をさしてくる。どうやら俺の過去の試合を見ていたらしい。


 ここ数試合、いずれも真穂が完全に押さえ込まれてウチの得点力はいちじるしく低下していた。それを本人が気づかないわけがなく、空き時間にはずっと試合映像を見て勉強しているようだ。以前までの真穂なら俺のところにどうすればいいのかを聞いてきたけれど、正直言って、俺が今の真穂に言ってやれることは限定的な対処療法しかない。


 今より先は自分自身で探すしかない。


 おそらくそのことすらも真穂は気づいている。だから自分の頭で何かを見つけようとしていた。真穂は変わろうとしている。進化しようとしている。彼女はまだ繭だ。素晴らしい才能を持ってはいるが、まだ一流。まだ一流だから、一流プレイヤーに抑え込まれてしまう。


 彼女が背負った10番という重みを俺は知らない。俺が見つけられなかった領域に行くには、自分の足を使ってたどり着くしかないのだ。


 と、名言っぽく言って誤魔化すのは無責任監督と言われかねないので、やっぱりそれっぽいことを言っておこうと思う。


「まあ、リズムと変化だな。今持っている装備と武器を確認して、どれが最適かを素早く選択」


「なんやそれ、RTSみたいやな」


 すると真穂は首をかしげた。


「あーるてぃーえす?」


「リアルタイムストラテジーっ! って知らんの?」


「うん、ゲームとかやったことない」


「縄文生まれかマホマホは! じゃあマホマホは何して育ったん!?」


「サッカー」


 真穂は真顔で答えた。


「あかん……この子、骨のずいまでサッカーに毒されとるで」


「ぬぬ、にゃにやら面白そーな話が聞こえるぞ?」


 と、コートに向かったはずの環さんが携帯ゲーム機を抱えて再登場。


「それどっから持ってきた……」


「現代っ子の必需品にゃん。どれ、今から皆でゲームといきますか。もちろんサッカーゲームで!」


「いやお前ら、今からサッカーやって欲しいんだけど」


「はっ! そうだったでごじゃる。我々はこれよりリアルサッカーをやることになっていた!」


 環はきっとわかっていてあえてボケているに違いない。そうであって欲しい。


「しかしだ。リアルサッカーをしながらサッカーゲームをやるもの新しいかもかも?」


「その手があったんか!」


「ねーよ!」


 ツッコミ担当の杏奈がボケてしまうと、俺がツッコミに回らざるを得ない。……いや、杏奈はボケるほうが多かったような。


「しかしにゃん。ゲームの中じゃ、環もプロサッカー選手になれるのだ」


「環さんも立派なプロだから!」


「はっ、そう言えばそうだったにゃん! ならば今すぐに試合に出てくるぞ!」


 環はそう言い残してぴゅーとロッカールームを去った。


 ボケなのかマジなのか、何をしに帰ってきたのかよくわからない環さん。そもそも環は普段から生態が不明である。


「よっ、と」


 立ち上がった真穂は俺の手を取った。首を傾げていると、


「監督、グー作って」


 言われるがまま拳を握ると、真穂はそこに拳を合わせた。

 にこりと微笑みを残した後、身をひるがす真穂。


「じゃ、行ってきます」


 言い終わる頃には、もう彼女の顔つきは変わっていた。

 俺はそんな顔を幾多いくた見てきたことだろうか。


 それは超一流選手が見せる戦闘モードだった。

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